1336話 並び立つ者達
殺意に塗れた目を血走らせ、雄叫びと共に雲霞の如く迫ってくる獣人兵達を前に、フリーディア達は一歩も退く事なく静かに武器を構え直す。
背後では、今もテミスとヤヤが激しい攻防を繰り広げており、その事実だけでヤヤが卓越した腕前を持つ戦士であることが見て取れた。
ならば、この真剣勝負に水を差させる訳にはいかない。
忠臣として。戦友として。弟子として。
各々に異なる理由はあれど、三人の胸の内に燃え上がる想いは同じだった。
「テミス。絶対に邪魔はさせないから、貴女は安心して目の前の敵に集中なさい」
「くふっ……! アハハハッ!! このアタシを無視して、テミス様に遊んで貰おうなんて……舐められたものですねぇ……」
「……露払いはお任せください」
三人は各々に背後のテミスを振り返ることなく激励の言葉を口にすると、それぞれの方向から殺到する兵に応ずるべく飛び出していく。
「フッ……」
テミスは、ヤヤへ向けた攻撃の手を緩めぬままに、そんな仲間達の方へチラリと視線を向けると、静かに唇を緩めた。
正直に言うのなら、月光斬の連続掃射すら堪え抜くヤヤを相手にしながら、あの数の兵を相手にするのは些か厳しいものがある。
無論。このような自分一人の手では対処しきれない事態に陥る可能性も鑑みて、一人で救援に向かうのではなく、フリーディア達を随伴させたわけなのだが。
「これ程までに安心して背中を預けられる奴等も珍しいな」
サキュドにシズク、そしてフリーディア。
彼女たちは皆、共に戦場を駆け、時には刃を交えた、信頼に足る腕を持つ戦士だ。
ならば。信じて任せよう。
心が震えるような感情を抱きながらテミスはそう決めると、眼前のヤヤとの戦いに全ての意識を集中させた。
一方で、テミスが自分達に向けてそんな珍しい感傷を向けているなどと知る由もないフリーディアは、目の色を変えて向かって来る兵達と真っ向から刃を交えていた。
「たぁッ!!! セィッ……!!」
「グゥッ……!! こ……いつッ……!! 人間の……クセにッ……!!!」
駆ける勢いを乗せ、大上段から降り下ろされた刃を弾き飛ばすと、フリーディアはクルリと身を翻して、獣人兵のがら空きとなった腹に強烈な蹴りを叩き込む。
しかし、同じ人間であれば悶絶必至であり、ともすれば一撃で意識すら刈り取ってしまえるほどの一撃をまともに喰らったというのに。強靭でしなやかな肉体を持つ獣人兵は、苦し気に腹を抑えてはいるものの、怒りの吐息を漏らしながら再び立ち上がった。
「テミス達の邪魔はさせないわ。あなた達も誇り高き武人ならば、黙って二人の戦いを見届けなさい」
「ハンッ……!! 誇りなんてねぇよ。こちとら泥水を啜り、木々の根を枕にしてここまで来てんだ。テメェこそ俺達の邪魔をしてんじゃねぇッ!!!」
「……何度でも言うわ。テミス達の戦いの邪魔はさせない。どうしても押し通るというのなら、私を倒してみせなさいッ!!!」
「がぁッ……!!」
せせら笑いを浮かべながら、新たに進み出た数人の獣人兵が、雄叫びと共にフリーディアへと襲い掛かる。
だが、流れるような動きで振るわれた白刃を全て受け流したフリーディアは、剣の腹で顔面を叩き、胸を蹴り飛ばし、拳を叩き込んでその事如くを圧し返した。
「っ……!!!」
決して殺しはしない。
自らの主であるヤヤを想い、勇気を振り絞って立ち上がった兵達に、フリーディアは尊敬の念を覚えながら、心の中で自らの想いを繰り返した。
戦場で情けなど下らん。
テミスならきっと、そうやって吐き捨てて嗤うのでしょうけれど。
今も尚、自らの後ろで戦い続ける戦友の皮肉気な笑みを思い浮かべながら、フリーディアは闘志を漲らせて再び剣を構え直す。
それでも私は、殺し合うのではなくて助け合いたい。
反目し続けていた私達が、こうして背を預け合えるように。
例え今は、白刃を交える仲であったとしても、きっと手を取り合う事はできる筈だから。
「何人でもかかってきなさい。何度でも向かってきなさい。この私が、あなた達の間違いを正してみせるッ!!」
誓いを胸に、フリーディアはテミスに勝るとも劣らぬ気迫を漲らせて、獣人たちを鋭く睨み付けた。
その凛とした瞳には、輝く太陽の如き強い意志の光が宿っていて。
ジロの扇動によって奮い立った獣人たちは、フリーディアの気迫に気圧されて足を止め、戦線は睨み合いの膠着状態へと突入しつつあった。
だが。
「オイオイオイッ!! お前等ァ!! なぁにビビってんだよッ!! 俺達はヤヤ様の力になるって誓ったんだ! そうだろッ!?」
「…………」
肩を並べて武器を構える獣人たちの中から、高らかな声を響かせながら一人の獣人が飛び出してくると、抜き放った刀の切っ先をフリーディアへと向けて言葉を続ける。
「アンタの想いと俺達の誓い。どっちが強えぇか勝負だ!! ここは俺達で抑えてみせる、行ける奴は隙を見てヤヤ様を救援に行けェッ!!」
「ッ……!!! ここは通さないッ!!!」
その言葉に、フリーディアは相対する獣人たちの纏う空気が一瞬で切り替わったのを肌で感じ取ると、一斉に武器を構えた獣人たちを抑えるべく、鋭い叫びと共に打って出たのだった。




