1335話 白銀乱舞
剣戟の音が鳴り響く戦場を、高らかに奏でられた狂笑が切り裂いた。
熱に浮かされたかのように艶やかな狂気を湛えた笑い声は、耳にしたもの全ての背に怖気すら走らせる程で。
しかし、周囲に居合わせた者達のそんな怖気すらも、自らも戦いの場の只中に居る事をも忘れて目を奪われてしまうほどに、狂笑と共に放たれる攻撃は凄まじいものだった。
「カハハハハハハハハッ!!!! そぉらッ!! 踊れッ! 踊れェッ!!」
そこに在ったのは、一方的な蹂躙だった。
高らかな笑い声をあげながらも、剣を振るい続けるテミスから次々と放たれる光の刃の嵐が緩む事は無く、ヤヤの肢体を切り裂かんと叩き付け続けられる。
そんな斬撃の嵐の中を、固く歯を食いしばったヤヤは右へ左へ身を翻し、時に身を屈め、宙へと跳び上がりながら、辛うじて躱し続けていた。
だが、如何に腕の立つヤヤといえど、神業の如き回避を延々と続けられるはずも無く、一撃、また一撃と躱す度に体力が急速に削られていく様を、額に浮かんだ汗と荒くなり始めた呼吸が声高に物語っている。
「どうしたッ!? 随分と苦しそうじゃないかッ!!」
「ッ……!! クゥッ……!!」
一方でテミスもまた、高笑いの裏側でせり上がってくる焦りと対峙していた。
距離を保っての月光斬による制圧射撃。
それが、強固な守りを有するヤヤに対する為にテミスが導き出した答えだった。
しかし……既にいったい何発の月光斬を撃っただろうか。
徐々にではあるが、着実にヤヤの守りを削る事ができているのは間違い無い。
今でも、数撃に一発は完全に躱し切る事ができず、月光斬はヤヤの肌を掠め始めている。
けれど、テミスは月光斬をこれ程までに連続して撃った事は一度も無く、体力的にはいまだ余裕があるとはいえ、いつ斬撃が途絶えるかもわからない。
だからこそ、一刻も早くヤヤを捉えるために、全力で斬撃を放ち続けているのだ。
「……ッ!!! な、な……何をしているんだッ!!! 呆けて突っ立っている場合かッ!!」
「……っ!?」
大剣が空気を裂く暴風のような音が響く最中。
突如として怒号が響き渡った。
その声の主は恐らく、たった今この場に辿り着いたかの如く息を荒げている白衣を着た獣人のもので。
テミスはその存在を視界の隅で捉えながら、小さく舌を鳴らした。
「馬鹿じゃァないのかッ!! さっさとそのいかれた女を斬れッ!! ヤヤ様に加勢するんだよッ!!」
「ジロ……ッ!! で……でもよ……」
「五月蠅いッ!! ヤヤ様が敗れたらどうするんだッ!! お前達だけでヤツを倒せるのかッ!! 僕等は皆殺しにされるぞッ!!!」
「チィッ……!! 余計な事ばかりベラベラと……鬱陶しい奴め……」
テミス達の周囲でフリーディア達と刃を交えていた獣人たちは、突然声をあげた男へ唖然とした表情を向けていたが、続けて怒声が叩き付けられると、何かに気が付いたかのような表情を浮かべて、その視線を一斉にテミスへと向ける。
その視線に込められていたのは、まごう事無き恐怖で。
そんな獣人たちの視線を一身に受けながら、テミスは忌々し気に呟きを零すと、鋭い視線でジロを睨み付けた。
「見ろっ!! 奴が僕を睨んでいるッ!! 僕の言った事が正しい証拠だッ!! 今ならヤツの攻撃はヤヤ様が抑えて下さっているッ!! 早く殺せェッッ!!!」
だが次の瞬間。
テミスに睨み付けられたジロはテミスを指差して高らかに叫びを上げると、まるで獣人たちの指揮を執っているかの如く怒号を重ねる。
それは、テミスの猛撃に圧倒されていた獣人の兵達にとって、これ以上ないほどの効果があったようで。
呆気に取られていた獣人たちは一人、また一人と目の色を変え、テミスへ向けて武器を構えはじめた。
「いけないッ!! 二人共ッ!! テミスを守るわよッ!!」
「了解ですッ!!! させませんッ!!」
「誰に指示を出しているの? そんな事……当り前でしょッ!!」
しかし、獣人たちと剣を交えていたフリーディア達がそれを許す筈も無く、フリーディアが叫びを上げると同時に、フリーディアとサキュド、シズクの三人は、テミス背後と左右を守るように武器を構えて獣人たちの前へと立ちはだかる。
「ウッ……!!」
「く……うぅっ……!!」
すると、テミスへ向けて駆け出さんとしていた獣人の兵達の足はピタリと止まり、睨み合う視線が相対するフリーディア達と交叉した。
「何を竦んでいるッ!! 今ッ!! アレを斃すほか僕たちに活路は無いッ!! お前達何人雁首揃えていると思っているんだッ!! 相手はたったの三人ッ!! 数で押し潰してしまえッ!!」
だが、獣人たちの背後から再びジロの怒声が響くと、周囲を取り囲んだ獣人の兵達は、自らを鼓舞するかの如く叫びを上げると、一斉に武器を振りかざして走り出したのだった。




