1333話 必殺の秘密
ヤヤとテミスが互いに剣を構え合い、二人の間にしばしの静寂が流れる。
周囲で響く剣戟の音や怒号がまるで嘘であるかのように、二人は言葉を交わす事も、剣を交える事も無く互いに睨み合っていた。
「っ……!」
「…………」
空気すらも固まってしまったかのような緊張の中。テミスの頬を一筋の汗が伝う。
一見すれば、いつか見た絵画の中で儀礼用の剣を掲げる騎士のような構え。
言わずもがな剣を掲ぐとも揶揄されるその構えは実戦向きではないし、斬り込む隙などいくらでもあるかに見える。
だが、構えすらしていない状況から切り返してきた先程の一撃が、目に映る隙の全てを塗り潰していく。
「…………」
「…………」
ただ無言で向き合っているだけなのに、凄まじい勢いで気力と体力が削られていく現状に、テミスは密かに臍を噛んでヤヤの様子を伺い見る。
見れば見るほどに隙だらけの構えだ。
だというのに、その顔には優美な微笑みすら湛えられていて。あの構えがただ見た目通りの構えではない事を物語っている。
「フム……」
「どうしたの? まさか威勢が良いのは格好だけとでも? 怖気づいた訳では無いのでしょう?」
「…………。勿論だとも。お前と会話を楽しむつもりも毛頭ない」
「クス……人間の貴女では、睨んでいるだけで私を討つ事などできないわよ?」
「…………。ククッ……」
再び始まった口撃に、テミスはふと違和感を覚えて笑みを漏らした。
彼女自身の言葉を信じるのならば、ヤヤの目的はヤトガミを討った私を殺す事だろう。
無論。如何なる理由があったとはいえ、彼女の父を殺した時点でヤヤが私恨む理由には十分過ぎると言えるし、敵討ちとあれば戦いを受けない訳にはいかない。
故に全力で、ヤヤに応ずるべく戦いに臨んだのだが、よくよく考えてみればこれもおかしな話ではないか。
ヤヤは私を討つと言いながらも、刀を抜いただけで決して自ら斬りかかってくる事は無かった。
そして今も、構えこそしているものの自ら斬りかかってくる事は無く、斬りかかって来いと言わんばかりに挑発までしてくる始末だ。
「……試してみるか」
その言動に、一つの可能性を見出したテミスは静かに呟くと、大剣を肩の高さに構えて笑みを漏らした。
「ふふ……覚悟は決まったみたいね」
「あぁ……そうだな」
短い言葉を交わし、再び沈黙が訪れる。
しかし、悠然と構え続けるヤヤに変化はないものの、大剣を構えたテミスは目を細めて慎重に狙いを定めた。
そして、僅かな空白の後。
「っ……!!」
小さく息を吸い込んだ後、テミスは軽く脚に力を込めて地面を蹴ると、一直線にヤヤへ向かって斬り込んだ。
だが、その速度は初撃とは比べものにならない程に遅く、常人の目であっても捉える事ができるほどで。
そんな、一転して攻め手を変えたテミスにヤヤは僅かに目を見開くが、口元に浮かべた笑みは消えず、刀を構えたまま動く事も無かった。
「ここだッ!!」
「ッ……!!!」
次の瞬間。
ギラリと目を見開いたテミスが叫びを上げると、構えた剣を横薙ぎに振るった。
それは丁度、前方へと構えた大剣の切っ先をヤヤが流れるように緩やかな動きで躱した時だった。
無論。ヤヤは身体を僅かに反らしただけで、易々と放たれた斬撃を躱してみせる。
だが、その口元に先程まで浮かべていた微笑みは無く、瞳は鋭くテミスを睨み付けていた。
「フッ……!! セイッ!! ラァッ!!」
「クッ……!!!」
そのまま、二撃目、三撃目、と。
テミスはヤヤへ向けて鋭く大剣を振るうが、その度にヤヤは僅かに後ろへと退くだけで、あの凄まじい反撃がテミスを襲う事は無かった。
「クク……なるほどなるほど」
「…………」
さらに数撃斬撃を放った後。
テミスは斬り払った剣の勢いを利用して数歩分ほど跳び下がって距離を取ると、ニヤリと不敵な笑みを浮かべて口を開いた。
奴の強さの秘密は、何の事は無い。タネを明かしてみれば至極単純な話だった。
「後の先。その極致とも言える一撃が、先程の反撃の正体だな?」
「さぁ……どうかしら? ……と言っても、既に確信しているみたいね?」
静かに構え直すヤヤに向けて、テミスは大剣の切っ先を向けて高らかに言い放つ。
後の先。それの意味するところはつまるところの受けと反撃。
攻撃を誘う事であえて敵に先手を打たせてそれをいなし、攻撃の後に生じた隙へ必殺の一撃を叩き込む。
それがヤヤの戦法なのだろう。
ならば、こちらが取るべき戦法は一つ。
大剣という射程の長さを生かし、反撃を振るおうともヤヤの刀が届かない距離から、一方的に攻め続けてやればいい。
勿論それでは、一撃でヤヤを斬る事はできないが、一方的に攻め続ける事ができるのだから、こちらはのんびりとヤヤの体力が尽きるのを待っていればいいだけだ。
「さて……私はお前とは違って寛大なのでな。今すぐに仲間共々我々に投降し、降伏をするというのならば軽めの仕置きで許してやろう。さぁ、どうする?」
テミスは皮肉気な笑みを浮かべてヤヤを見据えると、ヤヤへと突き付けていた大剣をガシャリと肩に担ぎ、悠然とした口調でそう問いかけた。
その後。
事情はたっぷりと聞かせて貰うがな……。と、テミスは胸の中で密かに言葉を付け加えたのだった。




