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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第22章

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1332話 形無き剣

 大剣を構え前へと一歩を踏み出した瞬間。テミスの思考が加速する。

 ヤヤは刀を抜き放ってはいるものの、未だに構えを取る事は無く、ただ身体の傍らで携えているだけだ。

 対して、こちらは大剣の一撃で最も力を籠める事ができる上段の構え。それを更に肩へ背負うように切っ先を引いている。

 切っ先を後ろへと退いた分、通常の構えに比べて刃が相手の元へと届く時間は僅かに遅れるが、その分威力は絶大。限界まで弦を引き絞った弓矢が如く、この構えから放つ一撃は迅く、そして重いのだ。


「カァ……ッ!!!」


 気合と共に、熱い吐息がテミスの口から漏れ、眼前のヤヤへ向けて鋭い斬撃が振り下ろされる。

 人の域を超えたテミスの剛力を以て振るわれた大剣の切っ先は、漂う大気すらも切り裂いてヤヤへと迫った。

 結果。テミスの剣は衝撃波を纏い、たとえ神速で振るわれた刀身を躱したとて躱し切る事ができない、二段構えの斬撃と化す。


「…………」

「なッ……!!?」


 だが。

 そんな、ヒトの身などいとも容易く破壊する強大な斬撃を前に、ヤヤはただ静かに自らへと振り下ろされる刃を見つめるだけで、手にした刀を構えなかった。

 しかし、一度勢いの付いてしまった剣を止める事はテミスとて叶わず、漆黒の大剣はその巨大さに見合わない鋭く甲高い風切り音を奏で、佇むヤヤを切り裂いた。


「――!?」


 けれど。剣を振り切って尚テミスの手には、肉を切り裂いた感触も、骨を砕いた感触すら伝わってくる事は無く、ただ空を裂いた緩い手応えのみが伝わるばかりで。

 その、躱される筈の無い斬撃を躱されたのだとテミスの頭が理解する刹那の隙間に、骨の髄を氷柱で刺し貫かれたかのような怖気が、テミスの身体を駆け抜けた。


「――ッ!!!!」

「…………」


 そして、刹那の時は瞬きの間に過ぎ去り、残されたのは剣を振り下ろした格好のまま、まるで咄嗟に何かを躱したかのように上体を大きくを退かせたテミスと、いつの間にか携えていた刀を上段へ向けて振り抜いた格好で動きを止めたヤヤの姿だけだった。


「……あら? 確かに首を刎ね飛ばしたつもりだったのだけれど」


 クスリと不敵な笑みを浮かべてヤヤが嘯くと同時に、テミスの頬を細く、赤い筋が走り、音も無く血が滴り始める。


「ハッ……舐められたものだな。この首、そう簡単に獲れるとは思わん事だ」

「…………。そうみたいね。貴女の剣は確かに躱した筈だったもの」


 テミスが内心で溢れる冷や汗を押し殺しながら吐き捨てるように言葉を返すと、テミスと同じように、ヤヤの頬に走った一筋の傷から、血の滴がゆっくりと零れ伝う。

 互いに浅く一撃を加え合った互角の剣戟。

 もしもこの戦いをゆっくりと眺める事が出来る者が居たのならば、そう評したかもしれない。

 だが、真実が異なる事を、テミスは何より己が肌で理解していた。


「面白い剣だ。まるで見えなかった」

「降伏宣言にはまだ早いのでは?」

「馬鹿言え。褒めているだけさ」


 互いに相手の出方を窺うようにゆっくりと姿勢を正すと、テミスは悠然とした態度を繕いながらヤヤと言葉を交わす。

 ヤヤの持つ実力は途方も無いものだ。たったの一合、僅かに打ち合っただけではあったが、その事実を感じ取るには十分過ぎるほどだった。

 奇しくも、同じ頬に浅く一撃を受けてはいるものの、私の傷は必殺の一撃を辛うじて躱す事ができただけ。

 ヤヤの頬に走る傷は単に、斬撃の特性を把握していなかっただけの事。いわば初見殺しの不意打ちに近く、再び同じ一撃を放ったところで、今度は傷一つ付ける事すら叶わないだろう。

 逆に、今の一撃をもう一度放たれれば、今度こそ躱せるかどうかはわからない。

 先程の一閃とて、こうして今も首が繋がっているのは幸運に助けられたが故の偶然に過ぎない。


「ふふ……なら、私も褒めるべきかしら? ヒトとの戦いで傷を負ったのは久し振りなのだけれど」

「刀を構えすらしないお前にそう言われたとて、嫌味にしか聞こえんな」

「気に障ったのなら失礼。ならばこれにて、久方振りにまともに打ち合えそうな相手と出会えた称賛の代わりとしましょうか」

「…………」


 刃を交える場であるにも関わらず、態度の端々から優雅ささえ覘かせながらヤヤはテミスと言葉を交わすと、口元に浮かべた笑みを深めると同時に、ゆっくりと刀を持ち上げて構えを取る。

 だが、腕をぴんと伸ばし、身体の中心を分かつかの如く刀を持ち上げた格好は、構えと称するにはどこか頼りなさすら覚えてしまうほどで。

 けれど、ヤヤから伝わってくるビリビリと肌を焦がす気迫に、テミスは混乱へと陥りかけていた意識を無理矢理に引き戻し、ぎしりと固く大剣の柄を握り締めたのだった。

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