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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第22章

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1327話 獲物を狙う瞳

 テミス達がファントを発ってから数十分後。

 ファント近郊の森の中には、武具を携えた獣人の一団が息を潜めていた。


「……それは間違い無いの?」


 その中心で一人、まるで鴉の濡羽が如き黒髪の少女が、眼前に傅く兵へ静かな声で問いかける。


「はいッ! 外套で身を隠してはいましたが、外套の隙間からホンの少しだけ白銀の髪が零れてた……! それに、布で包んでいるとはいえ、背負っていたデカい包み……ありゃ間違い無く大剣でさぁ……!!」

「ふぅん……? なら、付き従っていたという子供はサキュドかしら? でも、なぜ今……? あれだけ派手に戦支度をしているのだもの、私たちに気付いていない筈は無いと思うけれど……」

「ッ……!? 血染めのサキュド……!? ヤヤ様。流石にヤツが町を離れる事は無いのでは? テミスとサキュド。どちらかは偽装だと考えるべきでしょう」


 ヤヤの問いに声を震わせながら兵が答えを返すと、傍らで報告を聞いていた近衛らしき兵が冷静な面持ちで口を挟んだ。

 しかし、その言葉にヤヤが反応を示す事は無く、口元に当てた手の指でトントンと顎を叩きながら、微かに喉を唸らせている。


「誘っている……? いいえ。それなら、あれ程に厳重な警備を敷き続ける意味が無い。なら、偽装ではない? でも、仮にあのサキュドを連れていたとしてもたかだか四騎、大した戦力だとは言えない……」

「フフッ……しかし、いずれにせよ好機ッ!! この機を逃す手はありません!!」

「そりゃそうだ! 眠れるセンキだっけか? 鬼だろうが姫だろうが居なけりゃ意味がねぇよなぁ……!!」


 思考を巡らせるヤヤの傍らでは、テミス達の不在を知った獣人の兵達が笑い声と共に言葉を交わすと、目を爛々と輝かせながら猛りをあげた。

 その瞳には、眼前に吊り下げられた略奪という名の享楽のみしか映っておらず、獰猛な牙が覗く口からは熱い吐息が漏れ出していた。


「……狙いはわからない。けれど、確かにそうね。好機であることに変わりはない」

「へへっ……!! じゃぁ……!!」

「待ちに待ってたんだぜぇ……この時をよぉ……!!」

「あぁ……楽しみだぁ……!! 見ろよあの町明かり……たらふく溜め込んでやがるんだぜきっと……!!」


 口元に当てた手を下し、ヤヤが音も無く立ち上がると、それに呼応するかの如く周囲の兵達の熱が一気に高まった。

 だが、剥き出しの欲望の身が垂れ流されている只中にあって尚、ヤヤは一人夜の闇の中へと静かな瞳を向けるだけで。

 そこには火を見るよりも明らかな、隔絶した温度差が存在していた。


「……? ヤヤ様? 如何されたのですか?」


 その温度差に真っ先に気付いたのは、それまで黙したままヤヤの傍らに控えていたジロだった。

 彼の理知的な眼は、周囲で猛りをあげる兵達をまるで蔑んでいるかの如く細められており、口には出さない心を声高に物語っている。

 無論。彼が視線を向ける先には、兄であるタロやその幼馴染であるミケも含まれているのだが。


「いいえ……その顔を見るに、貴方も私と同じ感情を抱いているのかしら?」

「っ……! 顔に出ていましたか……失礼いたしました」

「私と同じと言ったでしょう? 構わないわ。どいつもこいつも強さってものを履き違えていて……。本当……厭になる」

「どうかご辛抱を……。寄せ集めとはいえ大切な手勢です。それに彼等とて、主であるヤヤ様には服従を誓っている身、先走る事はあったとしても、反旗を翻す事は獣人族たる誇りに懸けてあり得ません」


 クスリと口元だけを緩めて問いかけるヤヤに、ジロは驚いた表情を浮かべた後、真顔に戻そうと努力するかのように顔を歪めてみせる。

 そんなジロを眺めながら、ヤヤは涼し気な口調で言葉を続けると同時に、秘していた己が内心を吐き捨てた。

 しかし、ヤヤの悋気を察したジロは即座に首を垂れると、つい先ほどまでの己の態度を棚に上げ、まるで言い聞かせるかの如く静かな口調でヤヤを諭す。

 事実。

 ファントを攻めるにしても、ギルファーへ戻るにしても、ヤヤが手ずから打ち倒して作り上げたこの兵団は、欠かすことの出来ない貴重な戦力だった。

 幾らヤヤが一騎当千の猛者だとしても、たった一人では奪い取った町を治める事はできないし、身体を休める事すらままならなくなる。

 それを理解しているからこそ。ヤヤも自らの手足とも呼ぶべき彼等と、こうして行動を共にしている訳なのだが。


「クス……。そう、そうよね。私の命令は絶対だもの」


 僅かな沈黙のあと、ジロの言葉を聞いたヤヤはニンマリと怪しい笑みを浮かべると、瞳に昏い光を宿して呟きを漏らした。

 その姿は、美しさはあれど、腹の底から湧き上がってくるかのようなある種の恐怖すら覚えるほどで。

 そんなヤヤの姿を見たジロは、ゴクリと生唾を飲み下した。


「さぁ……行きましょうか。テミス(主食)の居ない町に用なんて無いわ? 町を離れた四人を追うの」

「なっ……!? ヤヤ様っ……!?」

「あいつらの後を……? 嘘だろッ……!?」

「何を言っているの? あなた達が言ったのよ? 好機だと。そうよね。私を出迎えに町から出てきてくれたんだもの。応えなくては失礼だわ?」


 そして告げられた号令に、周囲で興奮していた兵士たちは一気にその表情を青ざめさせ、口々に不安を漏らし始める。

 だが、ヤヤはそんな兵士たちの言葉など聞こえていないかのようにクスクスと笑い声をあげて言葉を続けると、森の中の闇の中へと身を翻したのだった。

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