1325話 解き放たれし想い
「っ……!!!」
フリーディアの言い放った言葉を聞いた瞬間。
バギリ。と。一筋の亀裂が、テミスの内で自らを戒めていた枷に走り、それはあっという間に軋みをあげて広がっていく。
もう止まれない。一度傾いた思考が戻る事は無く、凍り付いたように動きを止めたテミスの脳裏は、救援へ向かう為の方策で埋め尽くされた。
「……マグヌス。今この瞬間よりお前に指揮権を預ける。抽出した救援部隊を除いた人員なら誰を使っても構わん。外敵からこの町を防衛しろ」
「ハッ……!!」
言葉の端を震わせたテミスが低い声で命令を告げると、マグヌスは即座にビシリと姿勢を正してそれを受領する。
そんな、軍隊という何処か厳かささえ漂う様式の中にあっても、無茶な命令を受領したマグヌスの表情はどこか嬉しそうで。
その様子を傍らから見守っているサキュドとフリーディアも、全身の血が沸き立つような興奮を覚えながら静かに笑みを漏らしていた。
「頭数が増えたとはいえ、状況が厳しい事に変わりはない。よって、救援部隊の人数を最小限に抑える。フリーディア、サキュド。私に随伴しろ」
「あはっ……!! 久し振りのご用命ですね。謹んで拝命いたします」
「っ……! 待ってテミス。町の戦力を削るのが厳しいのはわかるけれど、流石に私たち三人だけでは――」
「――フリーディア。シズク達に協力要請を出せ。事情を伝えて構わん。シズクは救援部隊として連れて行く。カガリ以下残りの連中はマグヌスの指揮下だ」
一方でテミスは、研ぎ澄まされた刀の如き鋭い視線を作戦卓の上へと向けたまま、矢継ぎ早に新たな命令を出していった。
途中、命令を聞いたフリーディアが危惧を覚えたかのように声をあげるが、テミスはそれに応ずることなく言葉を紡ぎ続け、口を挟む事を許さなかった。
だが、新たに重ねられたテミスの命令は、フリーディアの危惧した事柄を完全に補完しており、異論を唱える必要が無くなったフリーディアは、開いたまま言葉を失っていた口を静かに閉じると、コクリと頷いて自らの執務机へと向かう。
「…………」
やるべき事は決まった。
一通りの指示を出し終えたテミスはピタリと言葉を止めると、改めて現在の状況を自らの頭の中で振り返った。
救援部隊は、今のファントでかき集められる最高戦力だろう。
欲を言えば、ミコト達エルトニアの連中にも協力を仰ぎたい所だが、奴等の最高戦力であるレオンは今ファントには居ない。加えて言うのなら、ファントを第二の拠点としているミコトたちと今回の救援は利害が一致しているとは言い難い。
ファントの町そのものを守る戦いならば兎も角、黒銀騎団の兵を救いに行くために連中に協力を要請するのは避けるべきだ。
「……そうだ。マグヌス。お前に秘策を預ける」
「秘策……ですか……?」
「あぁ。この町が擁する切り札。秘中の秘だ。絶対に他言は許さん。お前達もだ」
やれることはすべてやる。
その信念の元に考えを整理していたテミスは、脳裏を駆け抜けた一つの閃きをそのまま口にすると、傍らのサキュドとフリーディアへ鋭い視線を向けて更に念を押した。
彼等の事も考えると、伝えるべきではないのだろう。
だが、このような逼迫した状況で私がファントを離れるのならば、保険の一つくらいはかけておきたい。
テミスは胸の中でそう自らに言い訳をすると、水を向けられたサキュドとフリーディアが頷いたのを確認してから、息を呑むマグヌスへと向き直ってゆっくりと口を開く。
「万が一、敵との交戦に入った場合は、私達が駆け付けるまでひたすら時間を稼げ。だが万策尽きた場合、この町で食堂を営んでいるイズルの元を訪ねろ」
「食堂……? それはもしや、たまにテミス様が足を運ばれているあの……?」
「そうだ。皆までは言わん。あくまでもこれは最終手段だ。無いものだと考えて作戦に当たれ」
「しょ……承知しましたッ……!!」
張り詰めた空気に、マグヌスは全身を緊張させながらそう叫ぶと、ビシリと再び姿勢を正してから直立不動の姿勢を取る。
これで、打てる手は全て打った。
指揮下に無いルギウスやミコトたちが、ファントの危機が目前に迫った時にどう動くかは分からないが、この禁断の切り札があれば、少なくとも一日は時間を稼ぐ事ができる筈だ。
「……よし。では、各自準備に取り掛かれ。救援部隊はシズクの……ギルファー部隊が合流し次第即時出撃するぞ」
一瞬の沈黙の後。
この場でやるべき事はすべて終えたと判断したテミスは、最後に凛とした声で静かに号令をかけると、自らも支度にとりかかるべく身を翻したのだった。




