1323話 雄弁なる凶報
「報告を聞こう」
高々と昇った日が傾きはじめた頃。
テミスは町へと戻った斥候部隊の面々を、執務室へと呼び出していた。
その傍らには、マグヌスとサキュドが静かやな面持ちで控えており、更に場の緊張感を高めている。
「っ……!! 第一分隊、報告します。プルガルド以北の北方魔王領内地へと赴きましたが、物流などにも滞りは無く、大きな異変を発見する事は叶いませんでした」
「第二分隊、報告します。西方、ファント近郊では、テミス様がエビルオルクを討伐されたという噂で持ちきりであります」
「第三分隊。北方近郊も同じく。ラズール以北の前線を巡りましたが、停戦が結ばれた現在では平和そのものです」
厳かな空気に支配された執務室に呼び出された兵達は、テミスの命令に従って順番に報告の声をあげていく。
だが、その内容はどれも一言二言で済んでしまうほどに薄く、報告を終えた兵達は酷く気まずそうに視線を逸らすか、怯えたように固く拳を握り締め、その場で直立不動の姿勢を取っている。
「第五分隊。近頃は以前と比べ、ギルファー製の品が流通が増えたとか。しかし、南方方面は未だ治安が悪いらしく、南方方面へ向かう商人はほとんど居ませんでした」
「フム……? 確か、第七分隊が向かったのは南方近郊だったな?」
「ハッ……! 南方の治安が悪化の一途を辿っているのは事実です。近頃は野盗の数も増え、我々も移動の折に商人に乞われて道行を共にする事もありました」
「……フリーディア。南方の戦況は? わかる範囲でいい」
「少し古い情報だけれど、一進一退の攻防が続いているみたいね。でも、大きな戦線後退の報告も、戦線を押し込んだという情報も入っていないわ」
「そうか……」
テミスに水を向けられると、フリーディアは即座に壁際に保管されている書類の元へと歩を進めると、納められていた書類へ素早く目を通しながら言葉を返した。
それを聞いたテミスは、ゆっくりとした動きで腕を組むと、静かに息を吐いて思考を巡らせる。
南方の戦況が変わっていない以上、戦線を抜けてきたエルトニアの連中が略奪行為を行っているとは考え難い。
だが、情勢不安が長く続けば、それだけ多くの者が食う事にすら困り、野盗へ身を堕とすのも事実だ。
「ならば、この治安の悪化は当然の動きか……? それならば、これは魔王軍が対処すべき問題だが……」
やはり、ファント近郊へと向かわせた部隊では、持ち帰る事の出来る情報も乏しいか……。
あと一歩。もう少しで良いから踏み込んだ情報が欲しい。テミスがそんな、痒い所に手が届かないようなもどかしさを覚えていると、肩を並べていた兵達の中から、先程テミスの質問に答えた兵が進み出て口を開く。
「テミス様。これは私から報告すべき事では無いのかもしれませんが……」
「構わん。話せ。如何なる内容であろうと罰しない」
「はいッ……! 未帰還の第九・十分隊についてです。第九分隊は買い出しに来ていた隣村の商人、第十分隊は浮浪児に乞われてそれぞれの任地へと向かったのですが……」
「は……? 村の商人に浮浪児だと?」
「ッ……!! は、はいッ!! 出立前に聞いた話では、どちらの村も野盗の襲撃を受けたのだとか……。両部隊とも、情報収集の傍らこのまま救援に向かうと言っておりました」
「…………」
兵からもたらされた追加情報を聞くと、テミスはそのまま眉根に深い皺を作って黙り込んだ。
斥候には手練れの者を配している。討たれるような無茶はしないだろうし、救援に向かうとはいっても、あくまでも情報収集の傍らだ。若干の逸脱行為に思えなくも無いが、そもそもの命令対象がおおざっぱであった以上、彼等を責める事はできないだろう。
だが……。
「同時期に近隣二つの村が同時に襲われた……か……」
「は……? はい、それが……何か……?」
「他に何か聞いていないか? 村を襲撃した賊の特徴でも何でもいい」
「い、いえ……! 自分達が直接聞いた訳ではないので……。あっ……! ですが、商人の方は酷く慌てていたみたいでした。村が襲われたのは商人が村を出た直後との事で、第九分隊の者だけでなく、居合わせた冒険者も数名荷馬車に乗せて出立していきました」
「っ……!! まずいな……」
問いを重ねたテミスが鋭い視線を向けると、兵はビクリと肩を震わせて必死の形相で頭を悩ませた後、絞り出すようにして当時の詳細な情報を口述する。
瞬間。テミスはガタリと音を立てて席を立つと、目を丸くして身を縮ませる兵達の傍らをすり抜けて作戦卓へ向かう。
当然ながら、荷馬車と子供の足とでは速さが違う。
たとえ同じ町で、同じ時期に助けを乞われたのだとしても、それがそのまま事件が発生した時刻であるとは限らない。
ならば、第十分隊が向かった村を襲った野盗が、そのあと第九分隊が向かった村を襲ったのだとすれば……。
「クソ……やはりか……ッ!! 最悪の場合も考えなくてはならんな……」
「ッ……!!!」
ぎしり。と。
食いしばった歯の隙間から漏れ出すような呟きと共に、テミスの指が作戦卓の上に広げられた地図の上をなぞると、傍らでその動きを覗き込んでいたフリーディアが鋭く息を呑む。
そこには、それぞれの場所に距離こそあるものの、以前テミス達が向かった森と二つの村が、殆ど一直線を描く形で点在していたのだった。




