1320話 好敵手の剣
早朝の鍛練を終えたテミス達は、ひとまず荷物となる武器を置くべく、肩を並べて執務室を目指していた。
手合わせの勝敗は三勝三敗一分け。拮抗する勝敗に熱くなった二人が、最後の一戦を始めた所で、剣戟の音を聞きつけたらしい数名の兵が顔を覗かせたため、騒ぎとなる事を嫌ったテミスとフリーディアは、引き分けという形で収めたのだ。
尤も、近々に控えた大きな戦いに備えて調整をするというテミスの目標は十分に達成されており、何一つとして問題は無いのだが……。
「はぁ~あ……煮え切らない気分だわ? 久しぶりの手合わせだっていうのに、何処かの誰かさんは手を抜いてくるし」
「手を抜いてなどいないと言っているだろう。いい加減しつこいぞ。……ったく、何度言えばわかるんだ」
「馬鹿を言わないで。本気を出していたのは最初の一回だけじゃない。酷い時は、私の力でも弾けるくらい軽い剣だったし……。私が何度、貴女と剣を交えたと思ているのよ」
「力任せに振り回すだけが剣技じゃない……と、散々私に説いてきたのはお前だろう。フリーディア」
「だからといって、貴女の長所足り得るその馬鹿力を棄てろだなんて言っていないわ」
引き分けで鍛練を終えてからというものの、フリーディアはこうしてずっと機嫌を損ねたままで。
その傍らを歩きながら、テミスは内心の呆れを隠して、ただひたすら反論を続けていた。
第一、私達が本気で戦いを始めたら、詰め所の中庭程度の広さでは到底足りない。
速さと技で相手を翻弄するフリーディアが、十全に己が力を発揮する為にはそれなりの広さが必要だし、そんなフリーディアを相手にするのならば、私とて十分に退ける空間を確保したい。
つまるところ、フリーディアの言う本気というのは手加減の度合いの問題な訳で。
まさにその手加減の度合を調整すべく剣を振るっていたテミスにとっては、フリーディアとの手合わせはまさに渡りに船な提案だった訳だが。
フリーディアとしては、制限された状況下であっても、全力を出し切る打ち合いがご所望であったらしい。
「だいたい、現状ファント唯一の遊撃部隊である我々が疲れ果ててどうする。今日この後、敵が攻めて来るやもしれんのだぞ」
「それはっ……!!! そう……だけど……」
だが、テミスは追い打ちをかけるように真正面から正論を叩きつけると、フリーディアは勢いに任せて口を開きかけるも、すぐにその勢いを失って口ごもった。
彼女の気持ちも分からないではないし、出来る事なら今のフリーディアと思いっ切り手合わせもしてみたいが、何にしても今は時勢が悪い。
何の問題も起きていない平時であれば、それこそフリーディアだけでなく、この町に逗留しているシズクやミコトたちにも声を掛けて、武術大会なんかを催してみるのも面白いのだが。
「そう慌てずとも、いずれ機会があるだろうさ」
「っ……! 言ったわね? 絶対よッ? 面倒だから……なんて理由で嫌がるのは許さないわ!」
「あぁ……」
肩を竦めて返されたテミスの言葉に、フリーディアは勢いを取り戻したかのように声を弾ませると、後ろを歩くテミスを振り返ってびしりと人差し指を突き付けて宣言をした。
――もっとも、その頃にはこちらがどうなっているか分からんがな……。と。
そんなフリーディアに、テミスはニヤリと小さく唇を歪めて静かに頷きを返しながら、胸の中で密かに言葉を付け加える。
現時点でのこの違和感が、これまで無茶を重ねてきた事による一次的な物であるならば問題は無い。
だがこの膂力も魔力も、元をただせばあの自称女神から施された理外の力だ。
最悪の場合、この身体が持たずに死んでしまうかもしれないし、理を歪めたこの力が消えて無くなるかもしれない。
「ま……そうなったらそうなったでその時考えれば良いさ」
テミスが、先程の鍛練の心地よい疲弊が残る腕に微かな痛みが走るのを感じながら小声でそう嘯いた時、一足先に執務室へと辿り着いたフリーディアが、一歩横に退いて道を開ける。
今のフリーディアの立場はテミスの付き人。
けれどそれはあくまでも名目上だけのもので。だからこそ、テミスも相当自由にやらせているのだが。
こういう形式を気にする所はやはり、こいつらしいと評するべきか、それとも頭の固い奴だと嗤うべきか。
なんて他愛も無い事を考えながら、テミスはフリーディアの譲った道を悠然と通り過ぎると、躊躇う事無く目的地である執務室のドアを開け放った。
「お早うございます。お二方とも、お待ちしておりました。早速で申し訳ありませんが、一つご報告がございます」
すると、そんな二人を待ち構えていたかのように、既に中で仕事を始めていたマグヌスが出迎えると、静かな口調でそう告げたのだった。




