1315話 小さな兆し
ミシアの語る説明は非常に細かく、しかし簡潔にまとめられており、数多くの地点の調査を依頼したテミス達としては、非常に聴きごたえのある内容となっていた。
だが、それらの調査の目的が威示行為であることを知るが故に、指定地点の植生から周辺環境の変化に至るまで、きめ細やかな配慮を感じさせるこの報告会は、テミス達に少なくない良心の呵責を抱かせていた。
「――最後に。第二十七地点についてですが。こちらは通常の報告に加えて、道中の報告も加えられております」
「んむ……」
「戦闘痕からして恐らく、テミス様方がエビルオルクを討伐された場所であると思われますが、川べりに焚き火の痕跡を二つ発見したとか」
「あぁ。確かに私たちがあの化け物と戦ったのは川べりだったな……」
テミスはこの長時間に及ぶ説明が、無意味なものだと理解している。
なにせ、わざわざ自分達の手で危険度が低い場所を選定して冒険者たちを向かわせたのだ。異常が見つかる確率は極めて低いし、現にヤヤ達が残したと思われるような痕跡の情報は挙げられていない。
そんな報告に付き合っているのはひとえに、これ程膨大な量の資料をまとめ上げたミシアへの義理であり、秘している別の理由が存在するとはいえ、依頼を出した者の責務であると考えているからだ。
だからこそ……なのだろう。
既に情報収集という観点はテミスの頭の中から抜け落ち、思考は完全にファント周辺の環境についての勉強会へとシフトしていたせいで、ミシアの口から零れ出た異物とも言える情報を完全に聞き零したのだ。
しかし、何も知らないミシアがそんな事実に気付くはずも無く。報告は流れるように次の話題へと移り変わっていく。
「依頼を受けた冒険者からは、半ばから力任せにヘシ折られた巨木に砕けた岩など、痕跡を見ただけで戦闘の激しさが分かるほどの凄まじい光景だった……と申し添えられております」
「ハハ……できるのなら、あんな戦いは二度と御免だ。っ……と、そうだ。そういえば、対岸に奴が捕食した獲物の食べ残しがあった気がするが……」
「は……? えぇ……と……。そのようなものを見付けたという報告は上がってきていませんね」
「フム……森の中という事を考えれば、時間も相当立っている。他の獣に食われただとか、川の水かさがあがって流されたと考えるべきか……」
「っ……!! 待ってッ!!」
本来の報告とは外れた他愛も無い雑談。
知らずの内に思考が緩んでいたテミスが、そのまま話を進めようとした時だった。
突然、それまで黙って報告に耳を傾けていたフリーディアが突然立ち上がると、大きな声でテミス達に制止をかける。
「テミスッ! 思い出して。確かに私たちはあそこで焚き火を起こしたけれど、同じ火にあたったはずよ? 焚き火の後が二つあるなんておかしいわッ!」
「――ッ!!」
「それに、死骸を獣が食べたのだとしても、骨は残る筈だわ。巣に持ち帰ったのだとしても、何かしらの跡は残る筈。獲物を運んだ痕跡すら消えてなくなってしまうほどの時間は経っていないし、ここ数日の間、この辺りで川の水かさが増す程の大雨は降っていないじゃないッ!!」
「ッ……!!!!!」
ゾクリ。と。
叫ぶように告げるフリーディアの言葉を耳にした途端、テミスの背に凍り付くような怖気が走った。
そうだ。何を腑抜けているんだ私は。
比較的に危険度が低い場所を回したとはいえ、幾つかの地点はあの川を超えた近隣を設定していたではないか。
ならば、連中がまろび出て来ていれば何かしらの跡が残っている可能性はあるというのにッ!!
「つまり……ッ!!」
「えぇ……」
横っ面を張り倒されたかのような衝撃に、テミスは緩んでいた意識を一気に引き締めてフリーディアと顔を見合わせる。
そんなテミスを肯定するようにフリーディアは力強く頷くと、今の報告にあった僅かな齟齬こそが、自分達の探し求めていた情報の一端だと確信した。
「へっ……あの……えっと……?」
「っ……!! すまない。予測していた状況と少し違ったので、驚いてしまった」
「は……はぁ……。では、報告を続けさせていただいてもよろしいですか?」
「あぁ……頼む」
しかし、ファントの置かれている現状を知らないミシアにとっては、テミス達の会話自体の意味は理解できても、その真意まで分かるはずも無く。
結局、テミス達の気迫に圧されて、目を丸くしながら問いかける事しかできなかった。
だが、緊張感を取り戻したテミスの動きは早く、苦しい言い訳を述べながらも、静かな声色でミシアへと先を促したのだった。




