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122話 怠惰の騎士

 静まり返った邸内を、テミスとフィーンは疾駆していた。

 テミスの予想通り館の中に人影は無く、外からは激しい剣戟の音と烈破の咆哮が響いている。


「……やはり、苦戦しているようだな」


 テミスは走るスピードを落とさぬままにチラリと窓の外に視線をやって小さく呟く。

 その視線の先では、一丸となって陣を組んだ白翼騎士団が、ヒョードル邸の私兵たちに包囲されつつあった。


「まさか、あの白翼騎士団がここまで苦戦するとは……」


 テミスの後ろを駆けながら、同じく窓の外を眺めたフィーンが意外そうに息を漏らした。相手が変われば戦い方も大きく変わる。戦場に身を置く私からしてみれば自明の理なのだが……戦いを知らぬフィーンらしい感想だ。


「連中は数の利で押す戦いに慣れている……白翼もそう長くは持たないかもしれないな」

「っ……!」


 テミスが冷たい眼差しで着々と包囲されつつある戦況を断ずると、それを聞いたフィーンが息を呑む。何故なら白翼騎士団の敗走は、そのままテミス達の敗北を意味している。


「なら急がなくてはっ! 何故地下に向かわないのですか!?」


 フィーンは焦れた声で問いかけると、テミスの外套を掴んで立ち止まらせる。

 現在彼女たちが居るのは屋敷の二階部分。地下牢に囚われていると目されているフリーディアを救出するのであれば、全くの逆方向に向かって走っている事になる。


「フッ……私達には賭け(・・)があるだろう?」

「そ……そんな事をやっている場合ではないですよっ!」


 テミスはフィーンを振り返って不敵な笑みを浮かべて答えるが、それでも尚フィーンは食い下がった。それだけ、彼女がフリーディアを救いたいという意思の表れなのだろうが、テミスもただ賭けの為だけにシェリルの姿を探している訳では無かった。


「これが無駄足になるかは奴次第だ。私は、無駄足にはならないと踏んでいるがな」

「一体何を……」

「良いから行くぞ。嫌ならここで帰っても良いんだぞ?」

「か、帰れるわけないじゃないですかっ! 私はテミスさんみいたいに屋敷の塀を飛び越えるなんてできません! ちゃんと連れて帰ってくださいよっ!?」


 テミスがそう言い放って駆け出すと、涙目になったフィーンが慌ててその後ろを追って走り出す。取材の為、真実を見届ける為、そして何よりもフリーディアを救い出す為……そう思って彼女に付いてきたが、ひょっとしたらとんでもなく過酷で危険な橋に足を踏み入れてしまったのかもしれない……。前を駆けるテミスの背中を眺めながら、フィーンは少しだけそう後悔したのだった。


「フッ!」

「やははは……豪快と言うかなんと言うか……」


 テミスの手によってバラバラに切り裂かれた扉の残骸が、音を立てて崩れ落ちるのを眺めながらフィーンは乾いた笑みを浮かべていた。

 もう何枚の扉をこうして細切れにしただろうか。テミスは鍵のかかった戸を見つけると片っ端からこうして切り裂いて回り、屋敷のどこかに潜んでいるシェリルを探していた。


「次だ」

「もはや押し込み強盗か何かですね……」

「連中にとっては似た様な物だろうな」


 フィーンがため息交じりにそう零すと、どこか嗜虐的な笑みを浮かべたテミスが事も無げに答える。その頬は若干紅潮しているように思え、フィーンにはどう見ても愉しんでいるようにしか見えなかった。


「おっと……ここだな」

「えっ?」


 そうして次々に扉を破りながら廊下を進んでいくと、テミスが不意に一枚の扉の前で立ち止まった。ガチリという音がした事から、この部屋が施錠されているのは分かるが、何故ここにシェリルが居るとわかるのだろうか?


「そう不思議そうな顔をするな。この部屋の扉だけやけに守りが厳重だと思っただけさ」


 テミスはそう告げると、ドアノブから手を離してその掌をフィーンへと向けた。


「っ!! だ、大丈夫なのですかっ!? それっ!!」


 その掌は火傷のように痛々しく爛れ、じくじくと溢れ出す血に混じって薄緑に発光する液体が付着していた。


「問題ない。多少皮膚がやられただけだ」


 テミスはそう言うと激しく負傷した手を振り払い、付着した液体を血と共に振り飛ばした。そして、懐からおもむろに包帯を取り出して手に巻き付けると、剣を構えて頬を歪める。


「さて、フィーン。答え合わせといこう」


 告げた瞬間。テミスの手が閃いて、目の前に立ちふさがっていたドアを粉々に切り裂いた。


「っ!!? な、な、なんだ……お前らは!?」

「邪魔するぞ。フィーン……コイツがシェリルだな?」


 テミスがドアの残骸を跨いで部屋の中へと侵入すると、そこには身なりの良い男が一人、怯えた顔で剣を構えて立っていた。


「やはは……名前を呼ばれるのは困るのですが……まぁ、そうです。彼がシェリルさんですよ」


 その後ろからフィーンがひょっこりと顔を出すと、苦笑いをしながらコクリと頷く。外での戦闘はまだ続いているようだし、この場で始めてしまっても問題ないだろう。

 そう判断したテミスは、剣を自らの傍らに突き立てると、両腕を広げてシェリルに問いかけた。


「お前にこれからいくつかの質問をする。どう答えようと勝手だが、貴様が騎士であるならば正直に答える事をお勧めしよう」

「なっ……何をっ――!! 屋敷に斬り込んで何を今更ッ!」

「フン……」


 テミスの言葉に気炎を上げたシェリルが叫びをあげて切りかかると、鼻で嗤ったテミスは体を少し傾けるだけでその剣閃をやすやすと躱す。


「お前はどっち側だ(・・・・・)?」

「何を……訳の分からない事をっ!」


 二閃三閃と繰り出されるシェリルの剣をことごとく躱しながら、テミスは余裕の笑みで問いを続ける。


「私はお前をただの人形だと見ているのだがな……流されるだけの神輿に選択肢をくれてやろうと言うのだ」

「何ィッ!? 言うに事欠いて――っ!?」

「遊んでやるのは構わんが少々面倒だ。痕跡を残したくないのでな」


 反撃しないテミスに勝機を見出したのか、捨て身で切りかかったシェリルの額に、いつの間にか抜かれたテミスの剣の切先が突きつけられた。


「なっ……あっ……解った……貴様、白翼の連中だなっ!?」


 動きを止めたシェリルが歯を食いしばり、テミスの顔を睨み付ける。

 その態度で、答えは得た様なものだった。


「では、最後の質問だ。お前はフリーディアをどうしたいんだ?」


 テミスは問いかけると共にその頬を大きく歪め、壮絶な笑みでシェリルを睨み返した。その顔はまるで、人間を虐め尽くす事に愉悦する悪魔の笑みのようで、傍らで眺めているだけのフィーンですら背筋に悪寒を感じた。


「なななな、なら俺達に戦う理由は無いッ! 俺はお前達を助けてやろうと思っていたのだっ!」

「ほぅ? 具体案は?」


 シェリルが剣を投げ出して叫びをあげると、一層テミスの頬が吊り上がる。しかしシェリルはその表情にすら気が付かず、今にも泣きそうな顔で声を上げた。


「ももも、もちろん! 父上に進言して騎士団の存続を――」

「――フィーン?」


 今にもテミスの足元に縋り付きそうな勢いで放たれた弁明を断ち切ると、テミスは呆れた顔で後ろを振り返って確認をするかのように問いかけた。


「……私の負けです。ヒョードルからフリーディア様を庇った姿に感動したんですがね……残念です」

「フッ……」


 フィーンががっくりと肩を落として答えると、シェリルへと向き直ったテミスは冷たい目で彼を睨み付けながら刃を振り上げた。


「な……何だっ!? 何故剣を上げるっ!? 私は味方――」


 直後。シェリルの叫びを断ち切って、甲高い風切り音が屋敷に響いたのだった。

2020/11/23 誤字修正しました

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