1311話 隠の褥
「おーう! 皆っ! 戻ったぜ~!!」
鬱蒼と茂る木々の隙間から、降り注ぐ西日がさながら滴る雫の様に零れ落ち始めた頃。
獣人たちがねぐらとしている大洞窟に、ハルキの賑やかな声が響き渡る。
その後ろでは、背中に大きな荷物を背負ったミケとタロが、出迎える仲間達一人一人に向けて陽気に声を掛けるハルキの姿を、柔らかな視線で見守っていた。
「ねぇ……ミケ。確かに戦いの腕ではハルキは君よりも弱いかも知れない。けれど……」
「わかってるよ。ハルキの奴は誰よりも優しいんだ。だから、あんな風に誰とでもすぐに仲良くなれる。私じゃハルキの真似はできない」
「うん。だからこそ、ヤヤ様も十人隊長だってのにハルキに目をかけているんだろうね」
「フフッ……信じられないよね。あそこで今話してるの、連隊長様だもん。あのビビリなハルキがだよ?」
「……立場や階級なんか気にしないハルキらしいよね」
「馬鹿なんだよ。アイツは。何かを企むって事をしやしない。いっつもまっすぐで……だから少し、心配になるんだけどね」
時に楽し気に、時に誇らし気に仲間達と言葉を交わすハルキを前に、ミケとタロは静かに言葉を交わす。
その様子は、まるで元気の有り余る弟を見守る兄と姉のようで。
彼等の帰りを出迎えた周囲の者たちは、そんな二人を密かに見守りながら穏やかな笑みを浮かべていた。
「……見てくれよッ!! って、ミケ、タロ! そんな所で何やってんだよっ!? ホラ、皆に見せてやろうぜ! 俺達の獲ってきた獲物をさ! 肉だよ肉ッ!! 今日はたらふく食えるぜッ!!」
「ハァ……やれやれ……ね……」
「ふふっ」
早速今日の戦果を自慢していたらしいハルキが目を輝かせて背後を振り返ると、ぶんぶんと手を振りながら高らかな声で二人の名を呼んだ。
その溢れんばかりの元気は、周囲で傷付いた身体を休める者達へ、確かに笑顔と活力を与えている。
そんな底抜けな明るさに絆されるかのように、二人は一瞬だけ顔を見合わせてから示し合わせたかのように笑い合うと、ゆっくりとした足取りでハルキの方へと歩み寄っていく。
その輪の中へ一人、また一人と仲間達が加わっていき、周囲で様子を見守っていたはずの者達も、瞬く間にハルキたちの側で笑い合っていた。
「まったく……騒がしいと思ったら、やっぱり戻ってきていたんだね? 君達も、自分が怪我人だっていう事を忘れていないかい?」
そこへ、洞窟の奥からタロによく似た容姿をした犬人族が、身に纏った薄汚れた白衣をはためかせながら姿を現すと、ちょっとした人だかりと化していたハルキたちへ、深く長い溜息と共に声を掛けた。
「ジロッ!! なぁに辛気臭い顔してんだよ!! お前も見ろって!! 今日はご馳走だぜッ!!」
「ジロさんだ。僕はこの群れで一番の薬師。君は十人隊長。これでも十分譲歩しているつもりなんだけれどね」
「まぁまぁ……そこはほら、ハルキだし……」
「兄さんには関係無い。それに、血縁上は兄だからといって、対等な口を利く事を許した覚えはないんだけれど?」
「あぁ……これは失礼をしました。ジロ様」
「っ……」
「フン……」
ジロが姿を現すと、この場に充満していた陽気な雰囲気は一瞬にして消え去り、細かな砂を噛み潰したかのような、酷く気まずい空気に包まれた。
だが、当の本人はそんな事を歯牙にすらかけていないのか、ぺこりと恭しく頭を下げたタロを一瞥してから小さく鼻を鳴らす。
その傍らでは、まるで我が事のように苦し気な表情を浮かべたミケと、ジロに直接窘められたハルキが居心地が悪そうに身を縮ませていた。
「奥ではヤヤ様がお体を休めておられるんだ。騒ぐなとは言わないけれど、場所は弁えて欲しいね」
「す……すまねぇ……つい……」
「ごめんなさい……」
「申し訳ありません」
それでも尚、ジロが畳みかけるようにして苦言を重ねると、まずは最初にハルキが、それに続いてミケとタロが深々と頭を下げて謝罪する。
別に、この三人に悪気があった訳ではない。むしろその逆で、傷付いた仲間達を元気付けようとしていたのだろう。
そんな三人の心意気を理解していながらも、周囲の者達はジロ反論の言葉を述べる事すら出来ず、黙って俯いている事しかできなかった。
「……けれど、これだけの獲物を持ち帰った事は褒めてあげるよ。ヤヤ様もきっと、お喜びになる」
「っ……!!! そうだ!! ヤヤ様!! ヤヤ様の御加減はッ……!!」
「十人隊長の君には関係ない。……と、言いたい所だけれど、僕たちの主だ。皆も気になっているだろう」
しかし、短い沈黙を経た後、ジロは口元に小さな笑みを浮かべると、床の上に広げられていた獲物を一瞥して言葉を続ける。
その言葉に、ピクリと身を跳ねさせたハルキが再び声を上げた。
そんなハルキに、ジロは冷たく答えを返した……ように思われたが、クスリと不敵に口角を吊り上げて、その場に居る者達をぐるりと一瞥する。
「安心して良い。命の危機は脱した。今回使った秘伝の補肉剤は、屈強な大男でも泣き叫ぶほどの激痛を伴う筈なんだけどね……。ヤヤ様は悲鳴一つ漏らさず耐え切ってみせたんだ! まだ、あと数日は安静が必要だけれど、じきに元気なお姿が見れるよ!」
「おぉッ!! やった……!! ヤヤ様ッ……! 良かったぁッ……!!」
そして、ジロは誇らし気な表情を浮かべて大きく息を吸い込んだ後、高らかな声で彼等の主の無事を告げた。
瞬間。
その報告を聞いた者達は皆、我を忘れて一斉に歓声をあげたのだった。




