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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第22章

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1305話 戦術の迷宮

 カリカリとペンが紙を掻く音と、時折書類をめくる音が静かな執務室の中に響き渡る。

 テミスの傍らに置かれた朝方にマグヌスの手によって入れられた珈琲は、あれから数度のお代わりを経たものの既に冷めきっていた。

 しかし、そんな事を意識する余裕すらない程の難題を前に、テミスは突如頭を抱えて机の上に崩れ落ちる。


「む……ぅぅぅ……」


 直後。喉から発せられたのは苦悩を絞り出したかのような低い唸り声。

 けれど、執務室の中に居合わせた面々がその声に反応する事は無く、まるでテストの会場のような重たい雰囲気を孕んだ静寂が執務室を支配している。

 だが、テミスとてそんな事は承知のうえだった。むしろ、同じ部屋で執務に励む者たちが居る以上、このある種の厳かな静寂は守るべきものであるだろう。


「…………」


 それでも尚、盛大に零れかけた溜息を辛うじて堪え、テミスは痺れるような疲労が滲む頭を持ち上げ、半ばまで開いた虚ろな目で、再び書類へと視線を戻す。

 新たなる脅威となり得るギルファーの離脱姫ヤヤ。少なくとも、エビルオルクと交戦する程の実力を有する彼女と相対するには、どうあがいても現在ファントに駐留している者達では戦力不足なのだ。

 元来、攻める側よりも防衛する側の方が不利であるのはものの道理。

 守護するべき都市を背に抱え、いつ攻めて来るやもしれない敵に対して対策を取り続けなければならない防衛側に対し、侵略する側は補給という観点からいずれ限界はあるものの、いつなんどき襲い掛かろうが思うがままなのだ。

 加えて、今のファントには全ての兵が揃っている訳では無い。マモルの忠告を受けて出撃させた斥候部隊の不在が致命的な穴となっている。


「……参ったな。どうしようもないぞ」


 ぐしゃり。と。

 机の上に身を投げ出したまま、テミスは空いた片手で髪を掻き上げると、心が赴くままに握り締めた。

 一応、通常の防衛体制を敷く分であれば問題は無いのだ。

 夜警や一次防御を担う兵の頭数も余裕をもって揃っているし、町には未だ戦いの傷が癒えきっていないもののルギウスだって居る。

 攻め入ってきた敵を追い返すには十分な戦力だろう。

 だがそれでは、ただ守っているだけで後手に回るのみだ。

 敵の規模も分からず、何処に拠点を構えているのか、何が目的であるのかすら何も情報を得る事ができない。

 それを得る為には、あのエビルオルクが居た近隣から順に、潜伏滞在する事ができそうな地形・場所をピックアップし、索敵を進めていく必要がある。

 しかし、索敵を行う為に人員を割けばその分ファントの守りは手薄になるし、テミスをはじめとする基幹部隊の者たちを以て少数精鋭の部隊で索敵を担えば、防衛戦力に致命的な穴をあける事になってしまう。

 現状。幾らかの要因が重なり合い、問題と解決策がループしてしまっている。要するに『詰んでいる』のだ。


「あぁ……いっその事、死んでいてくれないだろうか……」


 煮詰まったテミスの頭は延々と続く思考の輪を完全に放棄し、気が付けばいつの間にか現実逃避を始めていた。

 一応、ヤヤの同胞であるシズクには悪いが、脇差しが刺さっていたのはあのエビルオルクなのだ。無くはない可能性だろう。

 単独。もしくは少数にてあの魔物と会敵し、激戦の末に一撃を報いたものの敗北。そのまま喰われて既にこの世には居ない……とか。


「…………。いや、無いな」


 だが、テミスは即座に己の脳裏に浮かんでいた希望的観測を否定すると、書類を持っていた手を離して溜息を吐いた。

 我ながら、流石に希望的……否、願望的が過ぎる予測だ。

 もしも、エビルオルクと戦ったであろうヤヤが敗北していたのならば、あのエビルオルクが住処を移動する理由が消失する。

 ヤツがあの場に居たのは恐らく、何者かに住処を追われたためで。それが全く別の要因である可能性は否めないものの、現状でテミス達が得ている情報の中では、ヤヤが最も有力なエビルオルクを元の住処から追いやった存在と言える。


「やむを得ん……しばらくの間は専守防衛に徹するとして、斥候部隊には一度帰還命令を出すべきか……? いや、状況の更新があっただけと考えれば続投させるのも手だが……」


 不可能である事実を受け入れたテミスは、早々に即応プランを放棄すると、次善の策について思考を巡らせ始めた。

 しかし、どちらも一長一短。

 既に出撃している部隊をファントに帰還させれば、必然的にその分の時間を食う事になる。だが、次に控えている任務は、戦功華々しいフリーディアでさえ苦戦した過酷な森の中へと分け入る必要のある任務だ。

 更に、伝え聞いた実力ではあるものの、かなりの強者であるだろうヤヤが待ち受けているのだ。士気や休養の面から考えても、このまま向かわせるのは愚策なのは間違いない。


「ハァ……こっちもこっちでコレか……」


 再び問題がループしはじめた問題にテミスが幾度目になるかすら判らない深い溜息を吐いた時だった。

 テミスの眼前にバサリと書類の山が置かれると共に、頭の上からフリーディアの静かな声が響いてくる。


「はいコレ。ひとまず、潜伏できる可能性のある場所を、地形だけに絞ってまとめたわ。場所ごとにこの場所に留まっていると仮定した時の、私の予想した敵の規模も一緒に書いておいた。その上で、意見具申があるのだけれど……」

「……フム。聞こう」


 その、真面目極まるフリーディアの様子に、テミスは静かに身を起こすと、真正面に直立するフリーディアの目を真っ直ぐと見据えて言葉を返したのだった。

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