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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第22章

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1303話 役目と職責

 カラン。と。

 店の出入り口に仕掛けられた鋳物が軽い音を立て、落ち着いた雰囲気の店内に客の来訪を報せる。

 時刻はまだ、日が昇ってから少しばかりの時間が経った頃だ。

 この店を利用する冒険者たちであれば既に町を出立している時間帯であり、町を護る衛兵や兵士たちであるならば、職務に就いている時間帯という事もあって、店の者たちも売り場の方に意識を向けていなかったのだろう。店の奥からリズミカルに響く槌の音が止まる事は無かった。


「邪魔をするぞ」


 しかし、そんな事は承知している。

 そう言わんばかりにテミスは大きく息を吸い込むと、槌の音が鳴り響く店の奥の方へ向かって声を張り上げた。


「おぉ……? あいよォ……すまねぇッ!! ちぃっとばかし待っててくれぇッ!!」


 その声でようやく客の来店に気が付いたのか、一定の間隔で響いていた槌の音が僅かに途切れると、店主の男の威勢が良い叫び声が店の奥から返ってくる。


「フム……少しばかり遅かったか……?」

「もぅ……いつまで経っても貴女が起きてこないからでしょう? テミス。私がどれだけ待ったと思っているのよ」

「なぁフリーディア……別に四六時中私の後をついて来なくても良いんだぞ? やる事ならば幾らでも詰め所に積み上がっているだろうに」

「冗談言わないで。私は貴女の側付きよ? 与えられた役目を途中で投げ出すような真似はしないわ」

「そうかい。だが……。…………。まぁ、無理だけはするなよ」

「……? えぇ。心得ているわ」


 店主が店先へと出てくるまでの間、テミスは随伴しているフリーディアと、いつも通りの憎まれ口を叩き合って時間を潰す。

 そんな二人を知らぬ者から見れば、今にも姦しい口喧嘩の火ぶたが切って落とされると見えてしまう様相であったが、この二人のやり取りはファントの町では既にお馴染みのもので。

 挨拶代わりどころか、呼吸に等しいじゃれ合いであると認識されていた。

 無論。当の本人たちはそんな事を知る由もなく、いつの間にか店の奥から静かに姿を現した店主が生暖かい視線で眺めているのにも気付かず、テミス達は他愛も無いやり取りを続けた。


「全く……よくもまぁ昨日はあんな一日だったというのに、朝早く起きれるものだ。叶うのならば、今日くらい一日中寝て過ごしたいくらいだ」

「貴女がだらけているのはいつもの事でしょう? んん……でも確かに、貴女にしては珍しく辛そうね?」

「当り前だ。眠たくて敵わん。こればっかりは声を大にして言わせて貰うがな、そんな面を引っ提げている癖に平然としているお前の方が異常なんだよ」

「私は普段から習慣付けているから。時間になれば勝手に目が覚めるのよ。確かにいつもより少しだけ体が重い気がするけれど、慣れてしまえばどうという事は無いわ。規則だたしい生活の賜物ね」

「ハッ……目の下に真っ黒な隈を作っておいて何が賜物だ。呪いの間違いじゃないのか?」

「貴女とは鍛え方が違うのよ。いつもよりも顔色が青いわよ? テミス」


 二人の舌戦は次第に激しさを増し、自らの不調を隠そうともしないテミスを相手に、フリーディアはここぞとばかりに胸を張って勝ち誇る。

 だが、テミスはフリーディアに憐れむかのような視線を向けると、吐き捨てるような口調で皮肉を口にした。


「あ~……ナンだ。俺から言わせりゃぁ、お二人とも酷ぇ顔だからさっさと帰って横になりなせぇ……って所なんだが……」

「っ……!」

「……!! 私としては、是非ともそうしたい所なのだがな」


 そんな二人の傍らから、店主がニンマリと笑みを浮かべて横槍を入れると、テミスとフリーディアはビクリと小さく肩を跳ねさせて、身体ごとカウンターの方へと向き直る。

 しかしすぐに、口を噤んだフリーディアとは対照的に、テミスは唇をニヤリと吊り上げて不敵な笑みを浮かべると、肩を竦めて店主へと言葉を返した。


「……ま、どうかご自愛してくだせぇ。えらく噂になってますぜ、たった二人であのエビルオルクと戦ったんだ。数日休んだ所で文句を言う輩は居ねぇと思いますが」

「その忠告、ありがたく覚えておこう」

「えぇ。是非そうしてくだせぇ。それで? 今日のご用向きは? 装備の修理や調整ですかい?」

「それも頼みたいが……その前に、急いでコイツの鞘を仕立てて貰いたくてな」


 テミスは店主と言葉を交わしながらゆっくりと歩み寄ると、懐から布に巻かれた脇差しを取り出してカウンターへと置いた。

 冒険者としては、戦闘中に入手した遺失物は、自動的に魔物を倒した者の手に渡る。

 だが、今回ばかりは物が物だ。いつの日か持ち主に返却するにしろ、そのまま使うにしろ抜き身のままでは勝手が悪いため、取り急ぎ収めるべき鞘を拵えに来たのだ。


「ほぉ……コイツは……」

「装飾が合わなくても良い。白鞘で構わん。できるだけ手元へ置いておきたい。なるべく早く仕上げられるか?」

「承知しやした。そういう事なら、最優先でやっちまいましょう。今日中には仕上げてみせます。完成したらモノはどちらへ? 冒険者ギルドで構いませんか?」

「いや……黒銀騎団の詰め所へ頼む」

「……わかりやした。では、早速取り掛かりますんで。悪いんですが、お帰りになる時に表の看板を裏返して行ってくれませんか?」

「了解だ。では、任せた」


 テミスと店主は互いに含みのある笑顔を浮かべて言葉を交わした後、簡潔に話をまとめてほとんど同時に身を翻した。

 その勢いのまま、足を止める事無く店の外へと向かうテミスを一瞥した後、フリーディアは笑顔で小さく手を振る店主にペコリと頭を下げてから、テミスの背を追って行ったのだった。

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