1299話 主なき刃
フリーディアは同席する者たちへ目配せをした後、短剣……もとい脇差しを包んでいた布を外してコトリと机の真ん中へと安置する。
エビルオルクの脇腹に突き立っていたせいで幾ばくか薄汚れてはいるものの、脇差しの拵えは非常に美しく整っており、その事実がこの脇差しの良質さを物語っていた。
「っ……!! これは……!! テミスさん、この脇差しはどちらで……?」
「今日の獲物、エビルオルクの脇腹に刺さっていてな。お前達ならば何か知っているのではないかと思ったのだが……」
「手に取ってみても構いませんか?」
「ああ。じっくりと見てくれ」
脇差しを見た途端、シズクは緊張した面持ちでゴクリと生唾を飲み込むと、テミスへ一言断ってからゆっくりとテーブルの上に置かれた脇差しへと手を伸ばす。
そして、静かに目線の高さまで持ち上げて刃の具合を確かめた後、刃を寝かせてじっくりと波紋を見つめてから、おもむろに柄に巻かれた糸を解き始めた。
「ちょ……ちょっと……? シズク……?」
「大丈夫です。掴巻の巻き方は知っていますから。元通りに直します」
「クス……」
慌てるフリーディアを尻目にテミスは静かに笑みを零すと、シズクの迷いのない鮮やかな手捌きを眺めながらジョッキを傾ける。
恐らくシズクはこれから、目釘を抜いて柄を外し、刀身に刻まれている筈の銘を確かめようとしているのだろう。
しかしこの知識は、普段刀を扱わないはずのテミスとしての私が、知り過ぎているのも妙な話で。
故に黙したまま、ただ黙って成り行きに任せていた訳だが。
「ぁ……っ……ぇぇ……と……」
掴巻を手早く解き切ったシズクは、早速手首を返して脇差しを寝かせると、柄の一点に打ち込まれた目釘へと視線を注いだ。
しかし、手際の良かった手腕はそこで止まり、周囲の喧噪に呑まれてほとんど聞こえないほどの小さな声を漏らしながら、何かを探すかのように周囲へと視線を彷徨わせている。
「あぁ……フっ……少し待て。っ……!! そら、シズク。これを使うといい」
「っ……!! あ、ありがとうございます……」
その様子を見たテミスは、目釘を抜く為に、何か細長い棒のような物を探しているのだと察すると、眼前に並べられていた肉料理の中から串焼きを一本取り上げると、一口で食い切って空いた串を差し出した。
本来ならば、目釘を抜く為には専用の工具も存在するのだろうが、ここファントの町では簡単に手に入る代物ではないだろう。
ならば、少し行儀は悪いが、眼前にある代替品で手を打つのも悪い事では無い筈だ。
「…………」
「ん……? 何だ? 何か言いたい事でもあるのか? フリーディア」
「……いいえ。ただ、驚いただけよ。けれど、貴女が変な事だけは知っているのはいつもの事だものね」
「……。フゥ……」
テミスが一気に頬張った肉をモグモグと咀嚼しながら胸の中でひとりごちっていると、傍らからフリーディアの冷ややかな視線を感じて問いを返す。
けれど、返ってきたのは何処か拗ねたような棘のある言葉だけで。
どうやら湧き出た疑問もすぐに己の中で解決したらしく、テミスが口内の肉を呑み込む頃には、フリーディアの視線は既にシズクの手元へと向けられていた。
「……やはり」
一方で、慎重に作業を進めていたシズクは、静かに柄を抜き取ってその刀身を検めると、静かに息を呑んでから呟きを零す。
どうやら、この脇差しはシズクの知る物であったらしく、拾得したテミス達としてもその事実は朗報だった。
「見て下さい。本来、この場所には銘……この脇差しの名前が刻まれるのですが……」
そう説明を加えながら、シズクはテミス達へ向けて露出した脇差しの柄を差し出すと、真剣な面持ちで言葉を続ける。
「見ての通り、ここに刻まれているのはギルファーの国章のみです。この豪奢な拵えと、その拵えに合わない直刃の波紋。私の知る限り、ギルファーでこの脇差しを身に帯びる事が許されているのは、ヤトガミ様の血を継ぐ直氏のみ……」
「その銘をギルファーとでも言わんばかりに刻まれた国章……ククッ、奴らしいと言えばらしいがな。つまりは、本来の持ち主はヤタロウのみという訳か」
「いえ……ヤタロウ様も勿論、この脇差しはお持ちかと思いますが、この脇差しとは刃の形が異なると思います。脇差しといえど王族がその身に帯びる物、本来であれば刃紋も華美で豪奢な装飾が施されるはずなのです」
「フゥム……」
そう言ってシズクは手に持った脇差しの向きを変えると、今度は刃を寝かせてその刀身に刻まれた刃紋を示した。
僅かに曇った刀身が覗き込んだ四人の顔を映すが、そこに在ったのはただひたすらに真っ直ぐなだけのシンプルな刃紋が刻まれているだけだった。
「直刃の刀は人斬り包丁……実戦に特化した物が多いんです。こちらの脇差し、柄周りの装飾は美しいですが、こうして柄を外してしまうとまるで印象が変わると思いませんか?」
「……?」
「ッ……!!」
「…………」
確かに……そう言われてから改めて見てみれば、何処か気迫のような物を纏っているようにも思えてくる。
まるで怪談でも語っているかのような語り口でそう続けたシズクに、テミスはそんな感想を胸の内で零しながら、他の二人と揃ってゴクリと生唾を呑み込んだのだった。




