1298話 魂の洗濯
「実に下らん時間だった」
夜。
マーサの宿屋の一階、その一角に腰を落ち着けたテミスは、忌々し気な表情を浮かねば柄、机の上に所狭しと並べられた肉料理を前に一連の出来事を語り聞かせていた。
そんなテミスと同じテーブルには、今日一日行動を共にしていたフリーディアはもちろんの事、召集を受けたシズクとカガリも肩を並べている。
「彼の魔物と戦った後にもそんな事が……。お疲れさまです」
「それで……? 結局素材はどうしたのよ? ここに肉があるのだから、その小生意気な女をやり込めてやったんでしょうけれど……。アンタの事だからどうせ、冒険者ギルドの分け前無しくらいの事はしたんでしょう?」
「フッ……。本来ならばそうしてやりたい所ではあったんだがな、冒険者としてギルドから依頼を受けて活動する限り、最低でも半分はギルドに卸さねばならない規定があるんだ」
「なるほど……。と、言う事は……です。冒険者ギルドは半分だけでは飽き足らず、稀少な素材を独占しようとしたという訳ですか」
「そう悪しざまに言う事でも無いわよ? 今回は相手がテミスだったからこそ的外れな言い分になってしまっていたけれど、彼女の言っていた事も道理は通っていたもの。それでも、全て卸せっていうのは私も言い過ぎだと思うけれど」
酒を煽りながら語るテミスに、シズクは従順に同情するような表情を浮かべて同調し、カガリは語り聞いた場景に怒りを覚えたのか、何処か胸が透いたようにあくどい笑みを浮かべて、話の先を促した。
そんな場の中で唯一、一部始終を見聞きしていたフリーディアだけが、苦笑いを浮かべながら冒険者ギルドのフォローへ回っていた。
尤も、フリーディア自身も当事者の一員である為、かの担当者の言い分には思う所があったらしく、ボソリと棘のある口調で一言を添えてはいたが。
「ま……素材全てを独占してしまえば、ギルドが素材を売却する時の値付けも思うがままだからな。勿論、連中に卸したのは最低限さ」
「んん……? ですが、待って下さい。テミスさん達は別に、エビルオルクの討伐依頼を受けていた訳では無いのですよね? でしたら、ギルドに素材を卸す必要も無いのでは?」
「っ……!! そう言えばそうじゃないッ!! してやられているわッ! そんな有様でなんで勝ち誇った顔してるのよ!」
「ククッ……面白い奴だな。お前はさっきから何をそんなに怒っているんだ。たとえそうだとしても、損をするのは私たちだろうに……。まぁいい、たとえ依頼を受けていなくとも、あの手の強力な魔物は討伐した証拠さえあれば、素材の買取とは別に報奨金が出るからな。連中に半分卸してやっても、十分な報酬は貰っている」
ピクリと眉を跳ねさせて口にしたシズクの疑問に、カガリは我が事のように気炎を上げる。
けれど、テミスはそんなカガリを楽し気にクスクスと笑いながら眺めた後、種明かしとばかりに絡繰りを説明してやった。
つまるところ、冒険者は強力な魔獣と不意に遭遇しても、討伐した証拠さえあれば報奨金を受け取る事ができ、冒険者ギルド側は万が一自分達が認識していない個体が存在したとしても、危険を排除する事ができるという、相互利益に基づいた制度なのだ。
「ふ……ふぅん……。ま、アタシとしては、アンタがそのいけ好かない女の鼻を明かしてやったってだけで十分なんだけど」
「ふふっ。それは大丈夫よ。だってテミスだもの。肉は大半が私たちの物。その分、食べられない牙や爪、皮なんかは少し多めにギルドへ渡したけれどね」
「普通は逆だと思うのですが……。確かに稀少な素材とはいえ、お二人の得物を思えば今更必要なものではないかもしれません」
「ブラックアダマンタイトにミスリルだもの、アタシ達なんかには一生手に入らない代物だわ」
「えぇと……私のこの刀も一応ヒヒイロカネ……つまりアダマンタイトの一種でできているのですが……」
「ヴッ……!! そう言えばそうだった……。っ……流石はシズク姉様です!! アタシも早く、姉様たちみたいな武器が持てるほどに強くなりたいものです!!」
カガリはテミス達の生暖かい視線を受けて照れたように頬を掻いた後、皮肉気にテミス達へ視線を送りながら反撃とばかりに皮肉を口にする。
だがそれも虚しく、傍らに座る敬愛して止まない姉自身の手によって打ち砕かれ、カガリは半ばヤケクソ気味に叫ぶと、自らの前に置いてあった酒を一気に呷った。
「そうだ……そう言えばその件がまだあったな。実はお前達を呼んだのは、一つ見て貰いたい物があったからなんだ。フリーディア、今もまだ持っているか?」
「えぇ。勿論。忘れたりなんてしていないわ」
そんなカガリの悲痛な叫びを、テミスはシズク達を呼び寄せた理由を告げる好機と捉えると、言葉と共に傍らのフリーディアへと視線を送る。
すると、フリーディアは少しだけ申し訳なさそうな顔でカガリを見つめた後、テミスの言葉に応じてコクリと頷くと、懐から布で刀身を包んだ一振りの短剣を静かに取り出したのだった。




