幕間 客人たちの団欒
テミス達が山のような書類と格闘している頃。
館を用意するまでの当面の間、待機する事となったシズク達は日がなファントの町へと繰り出していた。
尤も、本人たちに遊び歩いている自覚は無く、友好都市の調査活動という名目を鵜呑みにして、真面目に仕事に就いている訳なのだが。
「っ……!! 姉様……!! この麺は一体ッ……!?」
「フフ……ラーメンという食べ物です。曰く、他の町では食べることの出来ない逸品だとか」
「美味しい……いや……美味し過ぎるッ!! 一体何を煮込んだのかわからない不思議なスープに、麺とは思えぬ鮮やかな黄色のちぢれた麺ッ……! 何一つ理解できない代物だけど妙に癖になるッ……!!」
今日も今日とて町へ繰り出した一行は、以前にテミスから受けた忠告に従い、人間以外の種族であっても平等に提供を受けられる店を選んで訪れていた。
今は、その中でも特に勧められた店である、イズルの店で舌鼓を打っているのだ。
「待って下さい。これだけ美味しくて、あのテミスさんですらお勧めする逸品……ですが、私はこの料理を白銀亭で見た記憶がありません」
「ッ……!!」
「っ……!!」
レンゲでスープを啜りながら、ふと何かに気が付いたかのようにピクリと顔を上げたアヤが言葉を漏らすと、その場に居合わせた者たちも揃って顔色を変え、息を詰まらせて視線を合わせる。
そこに在ったのは、紛れもなく戦慄だった。
きっと、ギルファーにテミスが滞在していた時間は、彼女がこの町で過ごした時間に比べればほんの僅かな時間だろう。
けれどそれでも、シズク達は彼女の直属部隊として側に仕えた身。彼女の人となりをある程度は理解していると自負している。
だからこそ解る。
テミスが諸手を挙げて推挙したこの美味い料理を、自らの手で作ろうとしなかった訳が無いのだ。
「まさか……あのテミスさんを以てしても作ることの出来ない味……という訳ですか……?」
「……あり得る。恐らくは製法……かな? あれだけ強いんだから、アイツにも調達できない材料が、こうして町に並ぶ訳が無い」
「なるほど……昔、猫宮家のお抱えの料理人から聞いたことがあります。剣士が剣を操る技術を秘するように、料理人にも料理を作る際の製法や、技を秘する事があると。つまり、このラーメンも秘伝に類する食べ物なのでしょう」
一度勢いの付いたシズク達の想像は止まることなく加速し続け、遂には彼女たちのテーブルからは緊迫した空気が漏れ始める。
それもその筈。シズク達の掲げている目的はこの町の調査と報告。だが、彼女たちの志す剣の道において、秘伝とは時に命よりも重い価値を持つのだ。
そんな秘中の秘を探りに来たなどと知られれば命は無い。
そう思い込むのは当然の帰着で。
「先ほど覘いた武具屋といいこの店といい……素晴らしくも恐ろしい町ですね、このファントの町は……」
「っ……!! だが、我々とて負けてはいないッ!! 見ろ、そこいらには兵と思しき連中がうろついているが、見たところ大した強さは感じないッ!!」
「んん……ですが、広い目で見れば彼等も、あのテミスさんの配下な訳ですし……」
「ウッ……!!」
「と、ともかく!! くれぐれも行動は慎重に、特にカガリ……私達は争いに来た訳では無く、友好を結びに来たのです! 誤解を受けてしまうような真似だけは慎むように!」
「はい……シズク姉様がそう仰るのなら……」
シズク達は、賑やかながらも平穏な空気の漂う店内で、自分達が異様な雰囲気を放っている事にすら気付かず、神妙な顔で額を突き合わせてヒソヒソと言葉を交わすと、心を新たに大きく頷き合ったのだった。




