1279話 変わらぬ絆
「……おい、ルギウス。起きているか?」
「…………」
薬品の臭いが漂う部屋の中に、テミスの静かな声だ響く。
一騎打ちの翌日。
重症を負ったルギウスと、魔法の反動で動くことの出来なくなったテミスは、ファントの病院の一室で枕を並べていた。
無論。用意されたベッドは別々のものだし、場所も広い部屋の端と端に寄せられ、視線を遮る間仕切りも用意されてはいる。
だが……。
「……どう考えてもおかしいだろう。私達は魔族と人間、種族は違えど一応は異性なのだ。互いに動けん身とはいえ、それを同室にするなど正気を問い質したい所だ」
「……」
「それに、経緯はどうあれ我々は剣を交えた仲だぞ。ルギウスの傷は私が斬ったものだ。傷を付けた奴と付けられた者に同じ部屋をあてがうという点でも理解できん」
「プッ……フフ……ッ!」
身体を起こす事すらできない退屈な時間の中では、ただただ湧き出る不満が溜まっていくばかりで。
他にできる事も無いテミスは、真っ白な天井を見上げながら愚痴を垂れ流し続けていた。
すると仕切りの向こう側から、堪えかねたかのように噴き出すルギウスの声が聞こえてきて。
テミスは不満気に小さく鼻を鳴らすと、自らの足先へと視線を向けてルギウスへと語り掛けた。
「なんだよ……起きているんじゃないか。ならば、返事の一つくらい返したらどうなんだ?」
「あぁ、すまない。大丈夫さ、君の話は聞こえていたよ。でも、仕方が無いんじゃないかな? 僕たちが何を言おうと、彼等にとっては僕も君も、とても普通の病室に事はできない存在だ」
「だから一か所に押し込めておけと? 厄介払いをされているようにしか思えんな」
「そういった面もあるかもしれないね。なにせ建物に一つしかない特別室だ。僕達のような者を隔離しておくには丁度良いと思うよ」
「ハァ……やれやれ……。お前も相変わらずだな。懐が深いというか暢気というか……」
穏やかに言葉を返すルギウスの声にテミスは深くため息を吐くと、再び視線を天井へ向けてぼんやりと思考を巡らせた。
私が倒れた後。あの場はシャーロットがしばらくしてからようやく駆けつけてきたサキュドとフリーディアと共に、驚くほどに手際よく収めてみせた。
ラズールの兵達は、治療の為にファントに留まるルギウスに付く為の数名の側近を残して帰投し、ファントの兵達もサキュドとフリーディアの指揮の元、早々に通常の生活へと戻っていった。
ラズールの兵達の中からは、数名は反抗する者が出て来るのではないかと思っていたがそれも無く、寧ろファントへ預けていく事になるルギウスの事を頼み込んで来る者や、繰り広げた戦いへの賛辞を述べていく者まで居た始末だ。
「どうしたんだい? 急に黙り込んで」
「別に……。ただ、不思議な戦もあったものだと思っただけだ」
「そうだね。僕たちの間に……いや、ファントとラズールの間にあったのは、ほんの少しの行き違いだけさ。憎しみ合っていた訳でも、これまで重ねてきた交友が消えてしまった訳でも無い」
「これまでの交友……か……」
何気なく告げられたルギウスの言葉に、テミスは何かが心の中を過ったのを感じてポツリと言葉を漏らす。
しかし、言葉を繰り返してみたところで、得体の知れないふわふわとした感情が形を結ぶ事は無く、積もりに積もった退屈の海の中へと消えていった。
「ところで……そちらの傷の具合はどうなんだ? イルンジュの奴、幾らテミス様の御申しつけといえど、ご本人の許可なく他の方の御加減をお教えする事はできません。なんて言って教えてくれなくてな」
自分ですら理解し得ぬ感情を取り逃がしたテミスは、新たに思い出した疑問に興味を移すと、自分達の傷の世話をしているイルンジュの口調を真似てルギウスへと問いかけた。
かく言うテミスも、魔法の反動は想像以上に大きく、四肢を中心とした体の至る所の筋肉は断裂しており、骨に至っては砕けている箇所もあったという。
イルンジュの技術とこの病院の設備を用いても、完全に回復するには一週間はかかるとの見立てだ。
尤も、ルギウスが寝静まったタイミングを見計らい、テミスは夜毎に己が体へ回復術式を施しているため、あと数日もあれば完治するだろうが。
「治るのに時間はかかるけれど、問題は無いと聞いているよ。けれど、しばらくは体を起こすのも無理らしい。シャルの応急処置が無ければ死んでいたと叱られたよ」
「クク……イルンジュがそう言うのならば、本当に大丈夫なのだろう。せいぜいゆっくり養生していくと良い」
「君もね。テミス。少しだけシャルから聞いたけれど、君も傷が深いそうじゃないか」
「まぁな……誰にも邪魔されずにじっくり眠れるいい機会だ。存分に骨を休めるさ」
「っ……まぁ……そうだね……」
穏やかに流れる空気の中、少しだけ口ごもったように相槌を打つルギウスの言葉を聞きながら、テミスは真っ白な天井から病室に設えられた窓の外へと視線を移す。
そこには、まるで戦いの終わりを祝福するかのようにさんさんと降り注ぐ陽光と、透き通った青空広がっていたのだった。
本日の更新で第二十一章が完結となります。
この後、数話の幕間を挟んだ後に第二十二章がスタートします。
マモルの魔手からファントを奪い返したテミス、しかし平穏が訪れる事は無く、待ち受けていたのは歪められたファントを正すという激務でした。
積み重なっていく仕事と新たに抱えた課題、そこに追い打ちをかけるかのように戦友の牙が襲い掛かります。
しかし、その戦いはテミスがこれまでに潜り抜けて、思い描いてきたものとは異なるものでした。
怒りや憎しみによるではない戦いは、テミスに何をもたらすのでしょう。
続きまして、ブックマークをして頂いております682名の方々、そして評価をしていただきました108名の方、ならびにセイギの味方の狂騒曲を読んでくださった皆様、いつも応援してくださりありがとうございます。
さて、次章は第二十二章です。
マモルの残した禍根を収めてみせたテミス。
一時は危ぶまれたラズールとの友好も保たれ、ファントにも平穏が戻りつつあります。
漸く訪れた平穏の兆し。テミスはこの平和を掴み取る事ができるのでしょうか?
それとも、いまだ見えざる災禍を前に膝を屈する事になってしまうのか……?
セイギの味方の狂騒曲第22章。是非ご期待ください!
2023/02/26 棗雪




