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118話 地下協定

「なるほど。面倒だな……」


 フィーンの話を聞いたテミスは静かに頷くと、錆びた鉄格子に背中を預けて呟いた。


「そうですか? ヒョードルを討ち取ってフリーディア様をお救いするだけなのでは?」

「いや、それでは駄目だ。奴の目的が『家』の繁栄である以上、奴一人を武力で叩きのめした場合、逆効果になる可能性もある」

「ああ……」


 フィーンは納得したように頷くと、テミスの隣の鉄格子に同じように背を預けてもたれ掛かった。

 テミスはその顔を視界の端に収めながら、小さくため息をついて意識を思考へと向ける。賊に討ち取られた貴族が悲劇の英雄視されるケースは少なくないし、憐れみの市民感情から残ったその息子とやらが出世を果たせば、奴の目的は果たされたことになる。


「ところで……何故お前がこんな所に居たのかをまだ聞いていなかったな?」

「ああそれはですね。テミスさんを待っていたんですよ」

「私を……?」


 事も無げに言い放ったフィーンに、テミスの眉がピクリと上がる。フリーディアを助け出す為と言うのであればまだ解らんでもないが、その理由は少しきな臭い。


「はい。ヒョードルが妙な動きをしているのは分かってましたし、リヴィアさんがテミスさんなら、先日の監獄襲撃十中八九あなたの仕業でしょう。ならば、フリーディア様の移送先であるここの事は解っているでしょうし、私としてもフリーディア様の移送先は掴んでおきたかったですから」


 フィーンは流れるようにつらつらと推理を並べ立てると、満面の笑みをテミスに向けて言葉を締めくくった。


「かの十三軍団長様を味方につけられるのなら、こんなに心強い事は無いという訳です」

「理には適っている……か……」


 テミスはその笑顔に一つ頷くと、次に移すべき行動に思考を切り替えた。ヒョードルの狙いを崩す為ならば、情報の収集や拡散に長けたフィーンの力は必須だろう。


「何か他に情報は無いか? フィーン。この際奴の不正でも何でもいい。叩けば幾らでも埃の出る身だろう、失脚させる事ができるのならばこの際どんな情報でも構わん」

「ふへ? そんな面倒な事をしなくても、もっと簡単な方法があるじゃないですか」

「何……?」


 フィーンは目を丸くして身を翻すと、テミスの正面に立って目を覗き込んだ。そして、その顔をあくどい笑みに作り替えて口を開いた。


「情報屋から情報を聞くのですから……勿論お代は頂きますよぉ?」

「はぁ……やれやれ、仕方がない。幾らだ?」

「いえ。お金ではありません。そもそも、魔王領のお金なんて渡されても厄介事にしかなりませんし」


 テミスがため息交じりに懐に手を入れると、フィーンは首を振りながらその手を止めた。ならば、何を求めるというのだろうか?


「テミスさんは人魔問わず悪を……理不尽に他者を虐げる者を倒して回っている……そうですね?」

「十把一絡げにまとめられるものでは無いが……まぁ、概ねそうだな」

「では、私が求めるお代はそれです。たまにでいいので、面白いお話を……記事のネタを提供していただければこのフィーン、どこまでもご一緒させていただきますよ。あ、もちろん精神的に」


 フィーンは条件を言い切ると、テミスにぱちりとウィンクをしてその場で一回軽く跳ねて見せた。どうやらこれは彼女にとって友好のサインらしいが、吹っ掛けられている対価が中々に高額だ。


「やれやれ……随分と足元を見るな?」

「いえいえそんな! 私は末永くテミスさんと協力関係で居たいのですよ。勿論、ヒョードルみたいにペンの力無くして倒せない悪が出て来た時には、お声かけ戴ければ……あっ! 勿論、マズい事になったら匿って下さいね?」

「ククッ……解った解った。その条件までなら呑んでやる。だからそれ以上値を吊り上げるなよ?」


 いたずらっぽく笑ったフィーンが条件を付け加えると、苦笑いを浮かべたテミスがそれを承諾する。

 たった数日で私の正体にまで行きついたフィーンの情報収取能力は本物だし、彼女の情報を得る他にヒョードルを倒す術も無い。それに、フィーン言う通り今後その様な相手が出てこないとも限らないだろう。


「ではっ……契約成立ですねっ!」

「……こっちは頭が痛いがな」


 ニカっと笑ったフィーンが差し出した手を、苦笑いを浮かべたテミスが握って握手に応じる。我ながら、こんな敵地の真っただ中のかび臭い地下牢で悠長な事をしているものだ。


「では、簡単な方法ですが……ここに、ヒョードルの私兵から手に入れた手紙があります」


 そう言うとフィーンは小さな封筒を手に持って、ひらひらとテミスに見せつけた。簡素ながらも装飾の施されたそれは、一目でわかる程に上質なものだと見て取れる。


「どうやらコレによると、ヒョードルは私達を裏切る準備も進めていたようですね? 運よく私があの私兵を見かけなかったら、今頃ファントに届いていたかもしれませんね?」

「事が上手く運べば王家入り……計画が失敗してもフリーディアを手土産にこちら側で地位を得る……か。汚い奴の考えそうなことだ」


 テミスは深くため息を吐くと、頭痛を堪えるように頭を押さえて感想を述べる。例え魔王の元にこの手紙が届いたとしても、あのギルティアがそんな条件を呑むとは思えないが……。


「だが、そんな手紙が一つあった所で奴の力は大きい。握り潰されるのが関の山ではないか?」

「ふっふっふ……情報って言うのは使い道なんですよ。テミスさん、白翼騎士団の残党と接触していましたね?」

「あ……ああ……」

「彼等を利用しない手はありませんよ。人は皆、スキャンダルよりも英雄譚を好むのですから」


 テミスがぎこちなく頷くと、頬を吊り上げたフィーンが意味深に笑みを浮かべた。何を企んでいるのかは知らないが、連中を使うのは無理な話だ。


「すまんが、連中を使うのは無理だろう。つい先日私はヒョードルとの繋がりを疑われて決別したばかりなのだからな」

「ふふっ……テミスさんは素直過ぎるのですよ。私に任せてくださいっ! こう見えて、潜入と交渉は得意分野ですからっ!」

「お、おいっ!」


 フィーンはそう言って手紙をしまうと、テミスの静止も聞かずに出入り口の方へと歩いて行った。そして、階段の上の方から騒がしい足音が聞えて来るとテミスの方をクルリと振り返って口を開いた。


「あ。私、戦う事はほとんどできないんで、守ってくださいね?」

「なっ……それを早く言えっ!!」


 バタバタと足音が近づいてくる中、地下牢にテミスの怒鳴り声が響いたのだった。

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2020/11/23 誤字修正しました

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