1273話 輝く双月
ルギウスの放った一刀。
あの一閃には凄まじい威力が込められてこそいたが、飛来したそれは斬撃では無かった。
仮に、先程の一撃が月光斬たる威力を持った斬撃であったならば、今も尚テミスの身を包むブラックアダマンタイトの甲冑を以てしても、諸共両断されていただろう。
だからこそ、ルギウスが月光斬と称したあの斬撃は断じて月光斬ではなく、どちらかというとその本質は、テミスがギルファーで生み出した新月斬に類するものだといえるはずだ。
「……尤も、そんな事を教えてやる気は無いがな」
高々と掲げた剣に己が力を注ぎ込みながら、テミスはクスリと口角を緩めて小さく笑みを浮かべると静かにひとりごちる。
ルギウスの斬撃を月光斬と認めるのは、幾度もの刃を交え、試行錯誤の末に技を盗み取ったフリーディアや、気紛れとはいえ手ずから技を教えてやったシズクに対する裏切りに等しい。
だが、ある程度気心の知れた友であるルギウスといえど、実力の伯仲している上にこうして刃を交える事になる可能性のある相手に、わざわざこちらから手の内を教えてやる程私は莫迦では無い。
故に。ルギウスが月光斬と称する斬撃を、真の月光斬を以て打ち破る事で、その真贋の証明とするのだ。
「っ……!! 待つんだッ……!! もう一発だなんて無茶だ!!」
だというのに、ルギウスは酷く心配そうな視線をテミスへと向けるばかりで一向に剣を構える素振りは無く、更に説得を試みるかのように言葉を紡いだ。
それは、戦士としてあるまじき行為で。
テミスは己の中で何かがぷつりと切れる音が響くのを感じながら、噴出する冷たい怒りを言葉に乗せて口を開く。
「舐めるなよルギウス。この程度の攻撃を受けたくらいで音を上げるほど私は軟では無いわ。それに……私がもう一度、お前の一撃を食らって死んだからといって何なのだ。我々は今、互いに譲れぬものがあるからこそ、こうして一騎打ちで雌雄を決さんとしているのではなかったのかッ!!」
「っ……!!! だけどッ……!!」
「……二度は言わん。これ以上言葉を重ねるつもりなら、お前の背後に控える連中諸共斬り伏せてくれる」
「ッ……!! テミス……!!」
「構え直し、魔力を込める位ならば待ってやる。……後は好きにしろ」
突き放すように告げられたテミスの言葉に、ルギウスはビクリと身体を震わせて動きを止めた。
元より、ルギウスがこの一騎打ちに挑んだ理由は、他ならぬテミスへの思いからだ。
例えテミス自身の意に反したとしても、彼女を苦しめ、痛め付けた者を赦してなどおけない。そう決意したからこそ、全力を賭して戦っているのだ。
けれど……。
「……すまない」
ルギウスは呻くような声で静かに呟くと、大剣を高々と掲げたまま力を籠め続けるテミスに、静かに剣を構え直した。
テミスが怒るのも無理は無い。たとえいかなる理由があろうと、この一騎打ちは僕が挑んだ戦いなのだ。
だというのに、あろう事か戦いの最中に、敵であるテミスの身を案ずるなんて……。
まるで子ども扱い。おおよそ対等な戦士として認めていると言えるような態度ではなく、馬鹿にしていると捉えられても文句は言えないだろう。
「加減はしない。全力で挑ませて貰うよ。君が月光斬ではないと断じたこの技で、君自身を超えてみせるッ!!!」
再び気迫に火のと灯ったルギウスが、叫びと共に全霊の魔力を自らの剣へと注ぎ込むと、光を放ち始めた刀身が巨きく膨れ上がる。
同時に、漏れ出した魔力がキラキラと輝く光の粒子となってルギウスの周りを舞い踊り、その姿はさながら、光の剣を携えた勇者のようだった。
「フン……」
そんなルギウスの姿を眺めながら、テミスは小さく鼻を鳴らすと、紅い瞳をギラリと輝かせ、振りかぶった大剣の柄を固く握り締める。
確かに、先程ルギウスから食らった一撃のダメージは大きい。強烈な衝撃波とでも言うべき技の性質に助けられ、血の出るような傷を負ってはいない。
だが、凄まじい衝撃に晒された身体は鈍く痛むし、意識こそ刈り取られはしなかったものの、もうルギウスの眼から逃れる程の速度は出せないだろう。
「いくぞッ!! とくと味わえッ!! 正真正銘……真の月光斬をなァッ!!!」
「ッッッッ……!!! ハァァァァァッ!!!」
だからどうしたッ!! と。
テミスは凛と猛々しく吠えると、全霊を籠め、光を纏った大剣を振り下ろして月光斬を放つ。
光に覆われた刀身の描いた弧の軌跡が斬撃と化し、剣を構えるルギウスへ向けて射出される。
その刃の正面で、ルギウスもまた雄叫びを上げると、自らの魔力を込めた剣を鋭く振り下ろし、斬撃を解き放ったのだった。




