1271話 殺意なき死闘
ビリビリと手に響く甘い痺れ。
肌が粟立ち、腹の底からゾクゾクと湧き上がってくる心地いい緊迫感。
おおよそ戦いというものの魅力の、全てといっても過言ではない程に極上の感覚がそこにはあった。
互いに繰り出すのは、紛れもなく自らが敵を斃す為に磨き上げた至高の技。
しかし、そこには恨みや殺意は欠片ほども無く、むしろ刃を交える相手への信頼すらも感じられるほどだ。
奴ならば、この程度の攻撃は捌いてみせる筈だ。
彼女なら、自らの一撃を必ず返してくる。
それは信頼というにはあまりにも厚く、一歩違えれば命すら簡単に喪われてしまうものだった。
故にこそ。向けられた信頼に応える為に、技が、肉体が、更なる境地へと上り詰めていく。
「ハ……ハハハッ!!! やるじゃないかルギウスッ!!」
「勇猛と名高い君のそう言って貰えるとは……とても光栄だよ」
「意地が悪いな。まさかこんな実力を隠していたとは」
テミスは高らかな笑い声をあげながら、地面を深々と抉った自らの大剣を引き抜き、姿勢を崩したルギウスへ追撃を仕掛けるべく猛然と斬りかかっていく。
一方で、ルギウスは激しく地面を転がりながら身を翻すと、地面へと向けた掌に魔力を込めて小さな爆発を起こし、一瞬で体勢を整えてテミスの追撃を受け止めてみせた。
「隠してなんていないさっ!! 君こそ、勿体ぶらずにそろそろ本気を出したらどうだい? お得意の月光斬はどうしたッ!?」
「ククッ……安い挑発だ。これ程の手数、これ程に多彩な攻撃を持つお前だ。あんな大技をやすやすと打たせてはくれまいッ!!」
いつしか、二人は鋭い笑顔を浮かべて激しく切り結びながら、まるでその攻防を愉しんでいるかのように言葉を交わす。
激しく打ち合わされる剣戟の音と、ひらめく剣閃の隙間に放たれる魔法が戦いを彩り、その戦いを周囲で見守る者達に美しさすら感じさせた。
二人が放つ攻撃はどれも、まともに喰らえばただで済むはずも無い必殺の一撃だ。
だというのに、二人はそんな途方もない威力を秘めた一撃を受け止め、払い、躱し、まるで精緻な舞でも踊っているかの如く、一進一退の攻防を繰り広げている。
「せぁッ……!!」
「甘い!!」
その最中。
上段を狙って横薙ぎに振るわれたルギウスの大振りな一撃を、テミスは身を低く屈めて易々と躱してみせた。
それは、戦いを見守る者たちに、ここまで一気呵成に攻め続けていたルギウスの攻勢の終わりを予感させ、剣を交えるテミスも安易に打ち込まれた一撃を好機と捉えて攻勢に転ずる。
だが……。
「フフッ……君なら、そう躱すと思っていた」
「ッ――!!!?」
ルギウスの放った斬撃を躱す為に低く屈めた体勢を生かし、鋭く飛び出そうと力を込めたテミスの四肢に、突如として動き始めた周囲の草が巻き付いた。
続いて、胸に、腹に、顔にと絡みついてくる草は、まるで猛犬を縫い留める鎖の如く、ルギウスへ飛び掛からんとしたテミスの身体をその場に留め、瞬く間に自由を奪っていく。
「チィッ……!!!」
「さぁ……次はどうするッ!?」
反撃の一手を阻まれたテミスは、忌々し気な舌打ちと共に自らの身体を固く縛る草を、ブチブチと力任せに引き千切った。
しかし、ルギウスがその隙を逃す筈もなく。
あろう事か剣を手放したルギウスは、自由になった両手に魔力を込めると、右手には無数の氷槍を生み出し、左手には大きな紫電の球を顕現させ、体勢の崩れたテミスへ容赦なく叩きつける。
そして更に、ルギウスは魔法を放つために手放した己の剣を宙で掴むと、先程放った魔法に続いて一直線に斬り込んでいった。
「クッ……!!」
回避は不可能だ。
身体にまで巻き付いた草からは逃れたものの、未だ片足を縫い留められているテミスは、迫り来るルギウスの連撃を前に瞬時にそう判断すると、大剣を盾にするかのように地面へと突き立てて防御の姿勢を取った。
この大剣ならば、魔法は防げるはずだ。
幾ら数が多かろうと、氷の槍如きに砕かれる剣ではないし、電撃は地面へと突き立てた事で大剣が避雷針の役割を果たしてくれる。
あとはルギウスの一撃。
奴の一撃を防がなくてはならないが、生憎大剣を魔法への守りに回してしまったが故にこちらは素手だ。
躱したくとも、足を縛られていてはまともな回避行動すら出来ないだろう。
「やむを得んかッ……!!」
ルギウスの三連撃に策の尽きたテミスは苦々し気にそう呟くと、空になった手を地面に当てて能力を発動させる。
「生成……ブロードソードッ!!」
バヂィッ!! バギィッ!! と。
盾と掲げた大剣にルギウスの放った魔法が着弾している僅かな隙に、テミスは土を剣へと作り替えてずるりと地面から引き抜いた。
あとは、ルギウスの一撃を受け止め、この存在しない筈の剣で虚を突いて反撃を浴びせてやるッ!!
そう息巻いて、テミスが剣を構えた刹那。
「いくよ……ッ!!! 月光斬ッ……!!!」
「なッ……!!?」
ルギウスは、テミスが予測していたよりも遥か手前で雄叫びと共にその身を翻す。
その刀身には、光が漏れ出す程の力が込められていて。
直後。弧を描いて振るわれた斬撃の軌跡をなぞるかのようにして現出した光の刃が、驚愕するテミスへと向けて打ち出されたのだった。




