1270話 至上の闘争
「ッ……!!!」
ガッ……ギィィィッン……!! と。
剣と剣を打ち合わせた剣戟の音が、大鐘を打ち鳴らしたかのような大音量で響き渡る。
直後。ルギウスの身体へ、自らの放った紫電が襲い掛かった。
同時に、ルギウスは自らの全身で、戦鬼と称される程のテミスの実力を味わっていた。
凄まじいまでの迅さ。恐ろしい程の膂力。そして何より、敵の攻撃を食らって尚、自らの攻撃を貫き通すその胆力。
なるほど。こうして剣を交えて初めて、本当の意味で理解できる。
規格外にして異質。人間という種族の枠を超えたその強さを。
「ハァァッ……!!」
「――ッ!!!」
しかし、ルギウスとて黙ったまま、ただテミスの意趣返しを受けていた訳では無かった。
剣を打ち合わせたまま、その手の甲から魔法を放つべく魔力を収縮させる。
鍔迫り合いの最中に放たれる、防御不能の零距離射撃。無論。冗長な詠唱など存在せず、身を躱す事も叶わない。
だというのに。テミスは魔法が放たれる直前、まるで魔力の収縮を感知したかのように刃を滑らせて鍔迫り合いを解くと、素早く身を翻して不可避の一撃を回避してみせた。
「…………。ハハッ……これは驚いた……」
「それはこっちの台詞だ。聞いていないぞ。詠唱の無い魔法が存在するなんてな」
テミスが距離を取った事で生まれた隙間に、ルギウスは静かに剣を構え直すと、隠し切れぬ歓喜と共に口を開く。
その言葉に応じながら、テミスもまた体勢を立て直し、巨大な大剣を正眼に構える。
ただの一合打ち合っただけ。しかしそれでも互いに無傷とはいかなかった。
眼前で僅かに肌を焦がしたテミスを見据えながら、ルギウスはバチリと自らの身体を駆け抜けた紫電が弾ける音に笑顔を浮かべる。
「僕の得意技でね。まさか、こんなに早く躱されるとは思っていなかったけれど」
「二度も私に見せておいてまだ通じるとでも? ならばもう一度打ってこい。次こそは完全に躱し切ってみせよう」
「……恐ろしいね」
ルギウスの軽口に、テミスは剣を構えたまま皮肉気な笑みを浮かべて答えを返す。
しかし、言葉を交わしている最中であっても互いに隙が生ずる事は無く、再び沈黙が戦場を支配した。
たとえ予備動作の少ない無詠唱魔法であっても、真正面から放てばテミスは今度こそ、その言葉通りに躱してみせるだろう。
ならば搦め手。打つ手が無い訳では無い。だが、テミスもそれを警戒しているのか、彼女にしては珍しいまともな構えで。
だからこそ、ルギウスは油断なくテミスと見合ったまま、次なる一手を決めかねていた。
「…………」
一方で。
テミスもまた隙の見当たらないルギウスを相手に攻めあぐねていた。
詠唱という事前告知の無い魔法は酷く厄介だ。例え斬り込んだとしても、生半な攻めではこちらが手痛い反撃を食らうし、先の打ち合いのような奇策も二度は通用しないだろう。
少なくとも、鍔迫り合いに持ち込まれるのは絶対に避けるべきだ。
先程の一撃を躱せたのはほんの偶然。理論的な読みがあった訳では無く、ただ直感に従ったに過ぎない。
ならば……。
「ククッ……」
「来るか……!!」
暫くの膠着状態が続いた後、先に動いたのはテミスだった。
テミスは正眼に大剣を構えたまま、不敵な笑みと残影を残してルギウスの前から姿を消す。
対するルギウスも、両手で構えていた剣から片手を離し、剣と魔法を以て応ずる構えを取る。
同時に、ルギウスの間近にテミスが姿を現し、半ば反射的に振るわれたルギウスの剣が鋭い音と共に空を裂いた。
「ッ……!! これ……はッ……!!」
気付けば、ルギウスの周囲は不敵に微笑む無数のテミスに包囲されていた。
だが、目に映っているその姿も恐らくは残像。本当のテミスは今も、目にも留まらぬ速さで駆けているのだろう。
「だけどッ……!!」
ルギウスは時折風切り音と共に降り注ぐテミスの斬撃を防ぎながら、開けていた片手で手刀を形作る。
たとえ残像であっても、つい先ほどまでそこに居たという証左に他ならない。
ならば、たとえどれ程の虚像を見せようと、その全てを斬り払ってしまえばいいだけッ!!
そう結論付けたルギウスは、手刀に込めた魔力を解き放ちながら、辺り一帯を取り囲むテミス達を薙ぎ払うように風の刃を撃ち出した。
「なにッ……!?」
だが、周囲一帯を斬り払ったにも関わらずテミスが姿を現す事は無く、文字通り空を切ったルギウスの刃を嘲笑うかのように、皮肉気な笑みを浮かべたテミスの残像たちが掻き消えていく。
直後。
驚愕するルギウスに降り注いでいた陽光が突如として遮られた。
「上かッ!!?」
「クククッ……!!」
それは、寸前でルギウスの頭上へ向けて高々と跳躍していたテミスの落とす影だった。
その事実に気付いたルギウスが己が身を護るべく剣を構え直すのと、大剣の切っ先をルギウスへ突き立てるべく地面へと向けたテミスが落ちて来るのは全くの同時だった。
結果。
再び鈍重な音と共に剣が打ち合わされ、ルギウスは不敵な笑い声と共に突き立てられたテミスの刃を辛うじて受け流しながら、地面を転がってその一撃を躱したのだった。




