1269話 開戦の轟炎
向かい合うテミスとルギウスの間にフリーディアが進み出ると同時に、二人の傍らで気炎を上げていたサキュドとシャーロットが数歩退く。
両名とも以前からフリーディアと面識があるし、彼女の頑固なまでの騎士道精神は、彼女たちとて十二分によく知っているのだろう。
だからこそ。進み出たフリーディアにその役を託し、自分達はただ見守ることを決めたのだ。
「……両者、構えて」
「…………」
「っ……!!」
打って変わって静まり返った平原に、フリーディアの厳かな声が響き渡る。
その声に合わせて、ルギウスとテミスは互いに剣を構え、静かに意識を集中させていく。
だが、その前に……。
「サキュド。戦いが始まったら、即座にフリーディアを連れて私たちから離れろ」
「ッ……!! はぁい」
「シャルもだよ」
「ルギウス様ッ!! そんなっ……!!」
「ごめんね。けれど、相手はあのテミスなんだ。僕も全力で挑まないといけない。わかるね?」
「……はいッ!! ご無事を……お祈りしています……!!」
未だ戦いに身を投ずることの出来るほど回復はしていないフリーディアの身を慮り、テミスが剣を構えたままサキュドへと指示を出すと、それに合わせて頷いたルギウスが柔らかな声でシャーロットへと命令を下す。
そんなルギウスの命令を、シャーロットは一度は拒みかけるが、即座に重ねられたルギウスの言葉に、震え声で頷きを返す。
「助かったよテミス。僕の気が回っていなかった」
「フッ……なに、気にするな。他でもないお前との戦いだ。私とて、周囲に気を配る余裕はないだろうからな」
そして、テミスとルギウスは互いにクスリと笑みを浮かべて言葉を交わすと、それを最後に二人は意識を完全に戦闘のそれへと切り替えていく。
その緊迫感は、ある程度戦いの心得がある者であれば容易に気付ける程のものであり、周囲で様子を見守っている両陣営の兵士達は勿論、すぐ傍らに居るシャーロットとサキュド、そしてフリーディアも直感する。
この二人は、今から本気で戦う気だ。と。
もしかしたら、この二人ならば互いに加減をするかもしれない。
誰もが何処か抱いていた甘い考えは粉々に打ち砕かれ、緊張感が上塗りされる。
「……では、僭越ながらこの私。フリーディアが開始の合図を務めさせて戴きます」
「…………」
「…………」
しかし、フリーディアは周囲を包み込んだ緊迫感に物怖じする事無く、凛とした態度で言葉を紡ぐと、戦いの火ぶたを切るべくその右腕を高々と掲げた。
だが、既に意識を完全に戦いへと向けていたテミスとルギウスがフリーディアの言葉に応える事は無く、互いに黙したまま油断の無い視線を向け合っている。
「ッ……!! はじめッ!!」
準備は万端。
両者の沈黙をそう受け取ったフリーディアは、小さく息を吸い込んだ後、高々と掲げた右手を振り下ろして、平原中に響き渡る程の大声で叫びを上げた。
直後。
傍らから目にも留まらぬ速度で飛び出したサキュドが、その小さな身体の全てを使ってフリーディアを担ぎ上げると、全速力でその場から離脱する。
それは、一騎打ちという決闘の場において、多少礼節を欠いた行為ではあったかもしれない。
しかし、テミスの命令を忠実に守ったサキュドの行動は、直後に何よりも正しいものだと証明された。
「ッ……!!!」
フリーディアが開始の合図を放った瞬間。
背筋を伸ばし、剣を構えたルギウスの右手から大きな炎の弾がテミスへ向けて迸ったのだ。
その魔法は、詠唱すら無い完全な不意打ち。
虚を突かれたテミスは躱す間も無く迫り来る炎の弾の中へと吞み込まれると、火柱と共に周囲へスドンと重たい爆発音が響き渡った。
しかし。
「油断はしないよ」
ルギウスは即座に身を翻して、自らが放った炎の中へと呑み込まれたテミスへ向けて左手を翳すと、一瞬でその手に紫電を纏わせて雷の矢を放つ。
同時に。
轟々と燃え盛る炎が真っ二つに裂かれ、その中から姿を現したテミスが、大剣を振りかざしてルギウスへと肉薄した。
だが、テミスの漆黒の刃がルギウスへと届く前には、ルギウスの左手から放たれた雷の矢が立ちはだかっている。
「ッ……!!」
「……!」
だというのに、自らへと飛来する雷の矢を目視して尚、テミスが疾駆するその足を止める事は無く、更に地面を蹴る足に力を籠めると、ぎしりと固く歯を食いしばった。
食らいながら突っ込んでくる気かッ……!?
ルギウスがテミスの思惑に気付いたのは、テミスが固く歯を食いしばった刹那だった。
だが間一髪。ルギウスは自らの放った雷の矢を越えて突っ込んで来るであろうテミスを迎撃すべく、構えていた剣に力を籠める。
「ォォッ……!!!」
「なっ……!?」
しかし、テミスの動きはルギウスの想像も越えたものだった。
獣のような雄叫びを漏らしながら猛進するテミスは、雷の矢と接触する寸前に身を低く落とすと、振りかざした大剣でルギウスの魔法を受け止めたのだ。
無論。剣で受けたとて無事で済むものではない。
雷の矢はバチバチと弾けるような音を立てて、テミスの大剣の表面を迸り、振りかざした手を伝ってテミスへとダメージを与える。
だが。
「ラァッ……!!!」
テミスは自らの身体を蝕むダメージなどものともせず、漆黒の大剣に紫電を纏わせたまま、待ち構えていたルギウスへ向けて強烈な一撃を振り下ろしたのだった。




