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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第21章

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1267話 譲れぬ怒り

「ッ……!!!」


 やってしまった。と。

 胸の内に溜め込んでいた仄昏い怒りをぶちまけた直後。テミスは我に返って悔しさに固く歯を食いしばった。

 こんなものはただの不幸自慢だ。自分達が受けた傷を、強いられた理不尽を声高に叫ぶなど、どうしようもなく愚かな事だ。

 けれど、他でもないあのルギウスが、自分を担ぐ者達にも留められたからとはいえ、金を渡された程度で忘れてしまえる程度の傷で、ぎゃあぎゃあと喚き散らす様にあまりにも腹が立って。

 つい、無様にも怒鳴り散らしてしまったのだ。


「…………」


 テミスが酷く悔し気に歯噛みをする一方で、ルギウスはまるで頭を殴り飛ばされたかのような衝撃を受けて絶句していた。

 元より、今回の一件にはあまり乗り気ではなかった。

 極めて友好的な関係を築く事ができているとはいえ、ファントは他領なのだ。兵を率いて恫喝紛いの真似をしてまで首謀者への断罪を求めるのは、何をどう考えても越権が過ぎる。

 けれど、被害を被った自分達が正しいのだと信じて止まない民たちは、自分達の足でファントへと押しかける寸前だったのだ。

 そんな事をしてしまえば、たとえ相手が戦いを知らないただの村人だろうと、テミスは自領に攻め入って来る敵と見做して応ずるだろう。

 噂話程度にしか戦場でのテミスの苛烈さを知らない彼等を責める事はできない。だけど放っておく訳にもいかず、自分の事を軽視していると怒る部下達の声にも背中を押され、こうして戦場へと出てきたのだ。

 だからこそ。

 本音を言ってしまえば、やる気なんて毛ほども持ち合わせてはいなかった。

 端っからテミス達と事を構える気など無い、ただ格好だけの抗議。皆の前で言葉を交わし、向かい合い、適当な所で落としどころを付けて帰還するつもりだった。

 だけど。


「テミス……君は……」


 気付いてしまった。

 ルギウスは掠れた声で友の名を呼ぶと、胸の奥からジワジワと湧き上がってくる衝動に固く拳を握り締める。

 テミスは強い。ともすれば、魔王であるギルティア様と比肩し得るほどに。

 事実。彼女はいち軍団長程度の器ではなく、新たな未来へと向けて駆け上がっていった。

 けれど、彼女が一人の人間の少女であるという事実に変わりは無い。

 その事を、誰よりも解っていたと自負していたのに……。

 だというのに、今の今まで気付く事ができなかった。いつの間にか、自分も彼女の途方もない強さに目が眩んでいたのか、それとも彼女がそれを隠す事が上手くなったのか。

 何故なのかは分からない。けれど、気付いてしまった以上見て見ぬ振りなどできる訳が無い。


「……どうやら、僕にも戦う理由ができたみたいだ」


 急速に熱を帯びていく心に突き動かされるかのように、ルギウスは静かにテミスを見据えたままゆっくりと言葉を続けた。

 今なら見える。今にも叫び出してしまいそうな程の苦しみを、悲しみを封じ込める為に、固く固く歯を食いしばるテミスの口が。

 今なら見える。積み重なった痛みに、絶望に、テミスの目から流れる血の涙が。

 許す事などできない。こんなにもボロボロに傷付いたテミスの姿を見せられて、堪える事などできる訳が無かった。


「テミス。君は僕の友だ。だからこそ、僕の大切な友達にそんな顔をさせる奴を、黙って見過ごしてなど居られないんだッ!!」


 シャリン。と。

 己が胸を焦がす怒りを吐き出すように叫んだ後、ルギウスは涼やかな音を響かせて腰の剣を抜き放ち、その切先をテミスへと向けて言葉を続ける。

 ルギウスにとって、怒りに冷静さを失うなんて感覚は、久しく忘れていたものだった。

 自分の行動が酷く矛盾していることを頭の片隅では理解している。

 テミスにはテミスの考えが、信念があるからこそ、今こうして僕たちの目の前に立っているのだろう。

 けれど、テミスの思いすらもどうでもいいと思ってしまうほど、ルギウスの心は怒りに煮え滾っていて。


「報告書に書いてくれていた今回の件の首謀者。マモル……とか言ったね。そいつをここへ連れて来るんだッ!! この手で叩き切ってやるッ!!」

「ルギウス……!? お前……急に何を言い出して……」

「悪いけれど、この想いはテミスにだって否定させはしないよ。確かに全て、君の言う通りだ。僕以外に、今の自分をかなぐり捨ててまでマモルの処刑を望む者は居ないだろう。だけど、君が君の正義に従ってその剣を振るうように、僕も僕の想いに従ってこの剣を振るうッ!!」


 無論。テミス達にはルギウスの辿り着いた答えなど知る由もない。

 だからこそ、突如として怒りの咆哮を上げたルギウスに、つい先ほど怒りに呑まれて声を荒げたテミスだけでなく、彼と肩を並べるシャーロット達さえ、豹変したルギウスに驚きのまなざしを送っていた。


「テミス!! 僕は君に一騎打ちを申し込む。僕が勝てば、マモルの身柄は即刻引き渡して貰うッ!!」

「ッ……! 論外だ。そんな一騎打ちを受ける理由など――」

「――君が勝てば、僕たちラズールの者はこの件に一切の口出しをしないッ! もちろん兵も引き上げるし、こんな騒ぎを起こしたお詫びもすると約束するッ!!」

「…………。フン……わかった。そういう話ならばその一騎打ち、受けてやる」


 煮え滾る怒りに突き動かされた勢いのまま叫ぶルギウスに、テミスは短い沈黙の後静かに頷いてみせると、ゆっくりとその背に背負った大剣を抜き放ったのだった。

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