1259話 対外部隊
テミス達の居る執務室が再び騒がしくなったのは、それから数時間もしないうちの事だった。
かつて、考えたことが無かったわけではない。小規模な諍いや盗賊などに対する町の守りなどの日常業務を白翼騎士団に任せ、黒銀騎団は情勢の調査や斥候任務などの対外的な戦力として運用する。しかしその案は、私とフリーディアの間にある軋轢や、両部隊の者達が有する精神的な障壁から不可能だと判断していた。
だが、私の配下にフリーディアが収まっている現状ならば、たとえ黒銀騎団の兵達が居なくとも、彼等が戻るまでの時間稼ぎくらいは余裕をもってできるだろうし、旗下の兵達が命令を無視して暴走するというリスクも少ない。
そう判断したが故に、テミスは即座に各部隊の配置転換作業や通達作業へと取り掛かったのだ。
「フリーディア。三日後の午後から五日後の午後までの自警団への補助要員が欠ける。各日二名づつであったが、万全を期して三名づつ第六部隊から代替要員を捻出できるか?」
「少し待って。えぇと……四日後と五日後は問題無いわ。ただ、三日後の午後だけは、誰かに休暇返上して貰わないと厳しいわね……」
「ならば良い。三日後はこちらから要員を出そう。可能な範囲だけで構わないから通達を出しておいてくれ」
「わかったわ」
まずテミスが取りかかったのは、マモルの忠告を探るために出立させる斥候部隊の捻出だった。
ここに必要だと目される戦力は、部隊にして八個小隊分。しかも、魔王領での諜報活動という性質上、目立つ事を避けるためには人間では無く魔族であることが望ましい。
その為に、黒銀騎団の第二分隊と第三分隊を丸々業務から外し、そこで空いた穴に白翼騎士団もとい第六部隊を宛がっていた。
「マグヌスは各隊への通達の準備をしておいてくれ。サキュドは支度金の概算を。はじめての単独遠征任務になる者も居る、各隊の編成には慎重を期せ」
「はい。心得ております」
「りょうかぁーい……です! 人貨は必要ありませんよね?」
「いや……正体を隠す必要があるとはいえ、人魔の境界近くから来ておいて人貨を持っていないというのもおかしな話だ。どちらも用意してやってくれ」
「ぅぇぇ……めんどくさ……。りょうかいです……。でも、任地ごとの貨幣価値に合わせて計算するなんてヤですよ?」
「サキュド……お前というヤツは全く……。テミス様、後程その辺りの調整をする許可を頂きたく」
「許可する。マグヌス、上手くやってやってくれ」
「ハッ……!」
一度動き出したテミス達の動きは素早く、新たな作戦とそれに併せて部隊を編纂するという大仕事を、サキュドとマグヌスは矢継ぎ早に飛ばされるテミスの指示のもと次々とこなしていった。
その一方でフリーディアも、第六部隊を把握し切っている者として獅子奮迅の働きを見せており、テミスが手当たり次第に引き抜いていた人員の穴を的確に埋めていっていた。
加えて、テミスの記した計画書に記されていた、ギルファー駐在館である獣王の館を設置するにあたって、その手伝いに必要となるであろう人員の数も確保している。
「テミス。町の巡回なんだけれど、時々で構わないからシズクさん達の手も借りられないかしら? 人数はともかくとして、戦力面がやっぱり不安だわ」
「フム……要請を出してみよう。あいつらの事だ、仕事をしながら町を見て回れると喜びそうではあるがな」
「ありがとう。でも……うぅん……やっぱり、自警団はバニサスさんが抜けた穴が大きすぎるわね……」
「そればっかりは私にもどうしようもない。ム……? あぁ、だからシズク達か。考えたな」
着々と決まっていく内容にペンを走らせ続けていたテミスだったが、フリーディアの零した呟きに相槌を打った後、驚いたようにピタリとその手を止めた。
現在、駐留する場所の無いシズク達には、マーサの宿屋に滞在して貰っている。
酒場や食事処も兼ねているが故に、彼女たちにとっても都合が良いらしく、連日ホールに入り浸っては話に花を咲かせているのだ。
けれど、防衛戦力として見た際には、マーサがバニサス達を用心棒として雇って居るため、少しばかり過剰ともいえる。
その代わりに、苦肉の策としてシズク達を警備の一端に組み込む事により、戦力の均一化を図ったのだろう。
「ヌゥ……それでも、ファント全体としての戦力低下は否めんな。引継ぎや錬成期間を加味すると、以前と比べて四割から五割程度守りが薄くなる」
しかし、順調に物事が進んでいるとはいえ問題が無い訳では無く、やはり主戦力たる黒銀騎団を町の外へと派遣するが故に、防衛戦力の著しい低下は避けられなかった。
けれど……。
「贅沢言うんじゃないわよ。いったい今、この町にどれだけの戦力が留まっていると思っているの? 黒銀騎団だけで考えてもまだ、十分に戦える程度の戦力は残っているわ」
「あぁ……。お前達が加わった事で、我々の戦力自体が増えているのは素晴らしい。大変喜ばしい事だ。だが……」
マモルのような輩に狙われたという前例もある。独立した都市として見た時、その戦力が少ないのは明らかなのだ。また似たような連中を相手にしなければならないかもしれない。
そうテミスは喉元まで出かかった反論を呑み込むと、止まっていたペンを再び走らせ始めたのだった。




