1257話 在りし日の縁
「俺の方はね、何の変哲もない死に方だったよ。実は異動になった時の配属先が特殊部隊でね。あの日も俺は、一番前に立って盾を構えていた。そしたら、突き飛ばされるような衝撃があってね……。気が付いたら、うつ伏せで地面に倒れていたんだ」
「っ……!!」
つらつらと語られるマモルの昔語りに、テミスは眼前の薄闇に視線を漂わせたまま、口を挟むことなく耳を傾けていた。
確かに、あの世界ではたった一発の弾丸を受けただけで簡単に死に至る。
こちらの世界のように、魔法なんて物は存在しないし、一度放たれてしまった凶弾を弾いたり斬ったりして躱すことなど、出来得るはずも無い。
だからこそ、彼は己が死に様を、何の変哲も無い……と称したのだろう。
「いつだったのかは、正直よく覚えていないんだ。訓練だ事件だと色々と立て込んでいてね。でも少なくとも、君の一件から結構な時間が経っていたはずさ」
「……何度もアンタのやり方には噛み付いてきたが、どちらもこうして死んでいては世話ないな」
「ハハ……全くだ。正直、悔しかったよ。こんな所で終わるのか……ってね」
「羨ましい話だ。心底な」
「……君に比べればね」
チャリ……と。
マモルを縛る鎖が微かな音を奏で、二人の間に自然と沈黙が広がる。
その静寂はまるで、互いが互いの死を悼んでいるかのようで。
今はこうして敵味方と別れて殺し合う間柄となっていても、元は共に肩を並べ、背を追った仲間だったのだ。時にはこうして語らい、過去の自分に思いを馳せても罰は当たるまい。
そして暫くの間、奇妙な沈黙が続いた後。
「……それでも。あんな目に遭ったというのに、君はまだ同じ道を歩むのかい? 何故そこまで……」
「クハッ……!! ああ、いやすまない。突然こちらの話へ戻るのだからどうにも可笑しくてな。まぁ……アンタが今も変わっていないのは見れば解る。だが、それはアンタの物差しだ。私に押し付けるなよ」
マモルは何処か言い辛そうな雰囲気を醸し出しながら悲し気に眉を顰めて、テミスを見上げてそう問いかけた。
その問いはテミスにとって、吹き出してしまうほどに可笑しくて。
咄嗟に肩を竦めて誤魔化したものの、言葉と共にマモルを振り返ったその顔は皮肉気な笑みで満たされていた。
「違うというのか? だからこそ、あのフリーディアという女の子と一緒に戦っているのではないのか?」
「ククッ……!! あんな末路を辿れば、流石に私も懲りるさ。……いいや、気付いたというべきか。私は別に、誰かを助けたかったわけじゃない。ただ、誰かの幸せを貪って笑っている、悪人っていう連中が憎かっただけなのさ」
「……なるほど、納得したよ。俺達が相容れない訳だ。確かに、昔から君にはそのきらいがあった」
「納得してもらえたのならば何よりだ。では、そろそろ昔話も十分に堪能した。私はこの辺りでお暇するとしよう」
テミスは拘束されたマモルを鉄格子越しに見下ろすと、満足気な笑みを浮かべて一方的に会話を打ち切った。
同郷の顔なじみであったとはいえ今は敵。処刑するにしてもこのまま一生獄に繋ぐとしても、最後に一度くらいは言葉を交わしておきたかったのだ。
「……待つんだ」
「命乞いなら聞かんぞ?」
迷う事無く一歩を踏み出したテミスの背を、マモルの柔らかな声が呼び止める。
その声に、テミスは振り返ることなく足だけ止めて、冷徹な声で問いを返す。
知己の時間は終わったのだ。哀愁に浸っていた心も今は既に凍り付き、テミスの頭の中では次なる対策を練られ始めていた。
しかし。
「命乞いなんてしないさ。姿形が変わっているとはいえ、こうしてまた出会えたのも何かの縁。だから一つだけ……俺に勝った報酬がてら、アドバイスをしてあげようと思ってね」
「……その余裕。気に食わんな」
「フ……聞くだけ聞いて行くと良い。魔王領側に注意を払っておくんだ。詳しく探る事はできなかったけれど、どうも最近動きがきな臭い」
マモルは命乞いをするどころか、余裕の笑みを浮かべたままテミスへと忠告を口にする。
無論。マモルの口からもたらされた情報など鵜呑みに出来るはずも無いが、ただの戯れ言や妄言、策謀の類だと切り捨てる事ができるほど、軽いものでもなかった。
「……気に留めておくとしよう」
「この町の在り方は俺も嫌いではない。温いとは思うけれどね。しっかりと守ってあげると良いさ」
だからこそ。
テミスはマモルに短く言葉を返すと、再び地下牢の出口へと向けて歩み始めた。
そんなテミスの背を、虜囚とは思えぬほどに穏やかなマモルの声が見送ったのだった。




