1255話 相容れぬ者達
薄暗く、じめじめと湿り気を帯びた陰鬱な空気が充満する地下牢。
地上の平和で明るい雰囲気とは対照的なその施設の中に在っても、マモルはいつもと変わらない微笑を浮かべていた。
それを遠巻きに見守る看守たちの間を通ってテミス達が姿を現すと、全身を拘束されたマモルが静かに口を開く。
「……来たか。何の用だい?」
「…………。ここからは私だけだ」
「っ……!!」
「ハイ……。どうか……お気をつけて」
同時に、テミスはピタリと足を止めると、マモルに視線を向けたまま、背後に付き従うフリーディアとサキュドに短く告げ、再びゆっくりとした足取りでマモルを捕える牢へと歩み始めた。
その背中を、フリーディアは何か言いたそうな目で追って口を開きかけるが、その傍らから進み出たサキュドが遮り、緊張した面持ちでテミスを送り出す。
「随分と余裕そうだな? 私が再び、お前を殺しに来たとは思わないのか?」
「確かに……その可能性はあるだろう。だけどそれなら、俺の意識が戻るのを待つ必要はない筈だ」
「チッ……面白くない奴め。無様な命乞いの一つでも見られれば、幾ばくかの慰みにはなったものを」
「残念ながら、その期待には沿えないね。だから訊いているんだ、何の用だい? ……と」
まるで鎖で出来たミノムシのように、過剰なまでにその身を拘束されたマモルに、牢の外から語り掛けるテミス。
二人の間に漂うピリピリと張り詰めた空気は、その様子を見守る全ての者達に否応なく恐れと緊張を抱かせた。
「用件……用件ね。ひとまず、お前の様子を眺めに来たといった所か」
「それは重畳。面会ならいつでも歓迎しよう。なにせ、ここの看守君たちは、誰も口を利いてくれないどころか、近付いてすらくれないからね」
「当り前だ。目と耳と口を塞がないでやっているだけ感謝しろ」
「フッ……なら、お喋りついでに一つ教えてくれないか? 俺が君に負けてからいったい何日経った?」
「答えると思うか? 身体を両断しても生き返る化け物め。意識が戻る事がわかったのだ。次は四肢を捥いで身体とは別々に封印してやろうか? 果たして傷が塞がるだけなのか、それとも新たに生えてくるのか……大変興味があるんだが?」
互いの腹の内を探り、言葉の裏に秘められた意をぶつけ合う舌戦。
圧倒的に有利な立場にありながら、テミスは何故か余裕を崩さないマモルを相手に劣勢を強いられていた。
コイツを生かすも殺すも私の胸先三寸。やろうと思えば、非人道的極まる拷問だって加える事ができるのだ。
だというのに、底を見せないマモルに対して、テミスは辛うじて立場の優位を利用した恫喝を以て応じる事しかできず、胸の内で密かに臍を噛む。
「それは流石に勘弁して欲しいね。敗軍の将とはいえ、最低限の人権は保障していただきたい」
「お前の態度次第だ」
「なら……そろそろ本題に入ってくれないか? こちらは最初から会話に応ずるつもりなんだ。程度の低い序列付けに意味は無いだろう」
「ッ……!!」
ギシリ。と。
まるで全てを見透かすようなマモルの言葉に、テミスは思わず奥歯が軋む程に固く歯を食いしばった。
少なくともこの男には、外的要因による死という終わりは存在しない。
だからこそのこの余裕。たとえ殴ろうが、斬ろうが刺そうが、究極的に言えば意味は無いのだ。
故に、テミスもこうして最大限に警戒を強めている訳なのだが。
「……ファントを狙った目的は何だ? お前の飼い主は何者だ?」
「二つ目の問いから先に答えよう。俺は誰に仕えても居ない。ただ自分自身の目的の為、動いているに過ぎない」
「…………」
「いちいちそう睨まないで欲しいな。そしてファント……この町を狙った目的か。簡潔に言うのならば、都合が良かったのさ。人類と魔族の融和なんて絵空事を掲げるこの町の理想が、最も多くの人々が救われる未来の為にね」
「議論をする気は無い。お前の掲げる大義と、我々の掲げる理想が共存し得ぬ事など承知の上だ」
「本当にそうかな? 力無き人々の為に魔族が力を貸して協力する。そういった形の未来だって――」
「――議論をする気は無いと言ったッッ!!!」
ガシャァンッッ!! と。
言葉を重ねるマモルにテミスは鉄格子を蹴り付けると、怒りに顔を歪めて叫びを上げる。
「いくら言葉を繕おうと、お前が魔族を虐げ、搾取する事を目的とした大馬鹿野郎である事実は変わらんッ!!」
「ちょ……!! テミスッ!!」
「駄目ッ!!」
「落ち着くんだ。よく考えるんだ。一人でも多くの人が幸せに生きる事こそが、正しい世界の在り方。その為に力を尽くし、振るう事こそ使命のはずだ。そう……後ろの君ならばよく理解できるはずだろう?」
怒りに声を荒げたテミスに、マモルはただ悠然と穏やかな声を返し続けた。
それだけではなく、マモルは間近に詰め寄ったテミスから視線を逸らし、遠くで声を上げたフリーディアへと視線を向けて問いかける。
「ッ~~~~!!! 相変わらず腹の立つ手ばかり使うッ!! 全員! 即座にこの区画の外に出ろッ! 命令だッ!」
そんなマモルに、テミスは怒りのままに背負った大剣を引き抜くと、ギラリと鋭い眼光をサキュド達の方へと向け、激しい口調で命令を下したのだった。




