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116話 底で待つ者

「総員警戒態勢ッ! 襲撃ッ! 襲撃だぁッ!!」


 奇襲を報せるけたたましい鐘の音と飛び交う悲鳴が、突如深夜の監獄に響き渡った。


「何者だッ! 姿を隠すとは卑怯なっ!!」

「止せ! この賊、尋常な強さでは無いぞ!」


 若い衛兵が怒りの咆哮と共に突き出そうとした槍を、その隣に居た老兵が押し留めて体ごとその軌道を変える。


「チッ――」

「――っ!?」


 その刹那。若い衛兵の目と鼻の先を、白い鈍光を纏った切っ先が甲高い音を立てて通り抜けていった。


「たっ――助かりましたっ……」

「気を抜くなッ!」

「…………」


 衛兵が即座に老兵に礼を述べると、彼は鋭く、そして短く警告を発する。その鬼気迫る表情と頬を滴る汗が、相対する敵の凄まじさを物語っていた。


「フム……」


 その様子を眺めながら、テミスは小さく嘆息すると周囲へと意識を向ける。

 フリーディアを助け出すために強行突入を敢行してから既に30分ほど。前回の第三監獄とは比べ物にならない程に強固な警備が敷かれている為、少しばかり攻略に時間がかかっている。


「我等だけでは到底敵わんと思えッ! 遅滞戦闘に努めるのだ! 奴を絶対にこれ以上進ませんぞっ!」

「っ……了解ッ!」


 かといって、ここの衛兵たちが特別練度が高いという訳では無い。単純に数が多いのと、彼等の戦い方が無駄に時間を食っている原因だった。


「……………ハァ……」


 テミスはうんざりとため息を漏らすと、目深に被った外套のフードの陰から目の前の衛兵たちを眺めた。彼等は、私がただこうして、構えもせずに突っ立っていた所で切りかかってくる事は無い。ひたすらに防御を固め、私が奥へ進むのを阻害するだけだった。


「いい加減面倒だな……」


 テミスはボソリと呟くと、手にした剣へと視線を落とした。能力で刃を落としたこの剣には、代わりに雷属性の魔法を付与してある。元の世界で言う所のスタンバトンなのだが、この武器も戦闘が遅延している理由の一つでもあった。


「っ……」

「…………」


 テミスが軽く剣を持ち上げて構えを取ると、一挙手一投足に目を凝らしていた衛兵たちが身を固くして守りの構えを取る。遠くに聞こえる叫び声と、喧しい鐘の音が緩やかに緊張感を高め、仄かに光るテミスの剣がゆらりとゆれる。


「セイッ!」

「グッ!」

「フッ……」


 掛け声と共に閃いたテミスの剣を、老兵の槍が鈍い音と共に受け止めた。しかし、それを想定していたテミスが手首を捻ると、槍の柄を軸に刀身を滑らせて守備の内側へと侵入を試みる。


「させるかァッ!」

「チィッ――」


 しかし、その刹那。テミスの背後から気合の咆哮と共に槍が振り下ろされ、受け身に回らざるを得なくなったテミスは剣の標的を槍へと変えて受け止め、その勢いを利用して後ろへと飛び下がる。


「助かった」

「今は集中しましょう!」

「へっ……若造がッ……」


 テミスの視線の先で短く言葉を交わす衛兵たちを眺めながら、テミスは湧き上がる苛立ちを抑えるように目を細めた。

 彼等は罪人を収監するという職務を果たしているだけだ。彼等を殺してしまえば、この監獄に収監されている本当の罪人たちが解き放たれてしまう。故に、無力化はすれど殺してしまう訳にはいかないのだが……。


「居たぞッ! あそこだっ!」

「っ!!」


 テミスが衛兵たちの隙を伺っていると、背後から騒がしい声と共に複数の足音が駆けてくる。ガチャガチャという金属音も混じっている事から、恐らくは武装した敵の増援だろう。


「ようやく来たか……」


 目の前の衛兵たちが安堵に頬を緩めたのを捉えながら、テミスは外套の下で密かにほくそ笑んだ。これで、ようやくここを突破できる。

 私の剣術の腕は人並だ。故に、純粋な剣術で守りを固めた兵士を突破するのは難しい。無論、あの忌々しい自称女神から施された力や膂力を使えば別だが、あくまでも『謎の襲撃者』でなければならない以上、この戦いでヒトの枠を超える訳にはいかない。ならば、敵が攻めに転じた所を一気に叩き潰すのが最も有効と言う訳だ。


「合わせるぞッ!」

「ハッ!」


 そんなテミスの狙いも知らず、兵士たちは機敏な動きで槍の穂先をテミスに向けると、背後からの突撃に合わせて同時に左右からテミスへと襲い掛かった。


「クククッ……」


 そこからその戦いに決着がつくのには、一瞬すら時間は必要なかった。

 バヂバヂバヂィッ! という激しい音と共に閃光が数度走ったかと思うと、麻袋を落とすような鈍い音と共に兵士たちの体が地面へと崩れ落ちる。


「フン……防がれなければ、見られなければ問題はない……」


 テミスは事も無げにそう呟くと、白く帯電する剣を鞘に納めて監獄の奥へと駆け出した。

 私が駆け抜けた後に残るのは気を失った兵士たちだけ。テミスは肩越しにチラリと薄櫓を振り返ると皮肉気に頬を歪める。


「フッ……これではまるで狂人か災害だな……」


 ボソリと小さくそう呟くと、テミスは足に力を込めて加速し、淀んだ空気の中を進んでいく。


「……ここか」


 テミスはそう呟くと、かび臭く湿った臭気が漂う区画で立ち止まった。

 カツン。と。立ち止まった後も足音が反響し、暗闇の不気味さに拍車をかけている。地下に作られたこの場所にたどり着くまで何度か戦闘を繰り返したが、戦況はどれも同じで代わり映えはしなかった。


「だが、さすがに疲れたな……」


 テミスはコキコキと首を鳴らしながら呟くと、暗闇の中を足早に奥へ進んでいく。幾ら相手が弱くても、戦闘である以上疲労は溜まる。それこそ、百人単位を相手に戦い抜いたのだから、怪我一つ無く済んでいるだけでも大殊勲だろう。


「フリーディアッ! 何処に居るっ!?」


 暗闇の中にとっぷりと沈んでいる牢の中に目を凝らすのを諦めたテミスが声を上げると、その声が反響してくぐもった唸り声のような音へと変わる。だがこれで、何かしらの反応はあるだろう。


「………………?」


 しかし、暫く待ってみても何の反応も返って来る事は無かった。拘束されているのだとしても、うめき声どころか物音ひとつしないのはどう考えてもおかしい。


「奴がこのような場所で熟睡できるほど、豪胆な人間には思えないが……」


 テミスが呟きながら再び歩を進め、次の牢の中を覗き込んだ時だった。微かに地面を踏む音と共に、背中の暗がりから声が投げかけられた。


「フリーディア様でしたら、もうここには居ませんよ……テミスさん」

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