1253話 黒白の融和
テミス達が執務室を取り戻してから数日。
執務の中核へ正式にフリーディアを組み込んだことにより、ファントの町の政務は劇的な改善を見せていた。
何より、以前は黒銀騎団と白翼騎士団の連携という形で成り立っていたが故に生じていた情報の行き違いや対策の重複などが、命令系統の一本化に伴い完全に解消された点が大きい。
加えて、並行して進められていた白翼騎士団の再編成も滞りなく完了し、個々人の能力を軸に構成された黒銀騎団の第一から第五分隊と、緻密な連携を武器に戦う白翼騎士団の四分隊には、第六部隊の名が与えられた。
「ねぇ、テミス……少しやり過ぎだと思うわ? これでは再編した意味が無いもの」
「そんな事は無いさ。元来、お前達白翼騎士団は我々の戦いとは違うのだ。平時ならばいざ知らず、戦時において分隊規模での単独行動では本領を発揮できまい」
「それは……そうだけど……」
「フリーディアが言いたいのはそこじゃないと思いますよテミス様。テミス様の真意を知る我等は兎も角、推し量ることすらできない無能な一兵卒共は、甘やかされたと勘違いして増長します」
「……現にそれが原因で、他の分隊と揉めたとの報告はいくつか上がって来ておりますな」
「ハッ……好きにさせておけ。規律を乱した奴には懲罰でもくれてやれば良いさ。少なくとも戦力的に見て、第六部隊をあれ以上分けて戦場に放り出すと個々に食われかねん」
言葉を濁したフリーディアの進言を、傍らから進み出たサキュドが本質をむき出しにし、そこにマグヌスが静かな声で情報を付け加える。
だが、テミスは配下たちからの言葉を鼻で嗤うと、ニヤリと邪悪な笑みを浮かべて言葉を続けた。
「頭数を揃え、部隊として運用して初めて、分隊と同等か僅かに勝る程度の戦力だと判断したのだ。余り調子に乗るようならば、一度模擬戦でも経験させて身の程を弁えさせてやれ」
「……私達と戦ったテミスが言うのだもの。口惜しいけど、その通りなのでしょうね。了解したわ。私の方からも、カルヴァスを通して注意してみるわ」
「ククッ……逆にどれ程少ない戦力で第六部隊を叩き潰せるのかも興味はあるがな……」
「フム……テミス様を勘定に入れなくとも、サキュドの居る第一分隊や冒険者将校の多い第五分隊ならば余裕をもって制圧できるかと。ですが、かの白翼騎士団が相手と考えますと、第二・第三分隊や魔導士を軸に編成されている第四分隊では、善戦はするものの制圧は厳しいでしょうな」
「どうかしら? 案外皆簡単に倒しちゃうかもよ? ハルリト達も腕を上げているし、最初はあんなだったネーフィスの奴も、今じゃ立派なモンだわ。コルカ達だって、近頃は近接戦闘用の魔法を特訓しているみたいだし……」
「ほほぅ……? ほんの思い付きだったが、案外部隊練成と交流を兼ねた良い案じゃないか」
「止めて頂戴……聞いただけで恐ろしいわ。本気でやるつもりならせめて二ヶ月……訓練期間が欲しいわ」
途端に熱を込めて議論を始めるテミス達に、フリーディアは一人頭を抱えると、溜息と共に口を挟む。
事実。現状の白翼騎士団の戦力では、真正面から黒銀騎団と戦うのは分が悪い。
けれど二ヶ月。乱れた騎士達の心を入れ替え、集中的に訓練を施せば、楽観はできない者のそこそこ良い戦いが出来るようになるはずだ。
「ハハッ……!! フリーディアお前も随分とやる気じゃないか。そうだな、もしも本当にやるのならば、それぞれに練度を上げる期間を設けるのも面白いやもしれん」
「でしたら、勝った分隊にはご褒美とかどうですかッ!? お休みとかごはんとかッ!! あっ! テミス様がギルファーで振舞われたと言うお料理とかもッ!!」
「サキュド。それはお主が欲しいだけだろう。それにそんな催しを開催すれば、間違い無くシズク殿やレオン殿達も参加すると言って来るに違いあるまい」
「おぉ……白翼騎士団も贅沢者だな? エルトニアの特務部隊にギルファーにて最強の名を冠される一家に名を連ねる者とも戦えるとは。羨ましい限りだ」
「もう……好きにしたらいいわ……。あくまでも訓練なのだから、如何なる結果にしてもいい経験になる事でしょう」
テミス達への対抗心を燃やし、一度は本気で考え始めたフリーディアだったが、どんどんと大きくなっていく話に早々に見切りをつけ、乾いた笑みを浮かべて思考を放棄した。
黒銀騎団に比べて、今の白翼騎士団が少々実力不足なのは確かなのだ。この際、多少厳しい訓練であっても、それ程の面々の胸を借りる事ができるのなら、騎士達の身にもなることだろうと判断したのだ。
「よぉし。フリーディアもこう言っている事だし、サキュド、マグヌス。早速草案を練るぞッ!!」
「ハッ……」
「はいッ!!」
それに乗じて、勢い良く立ち上がったテミスが作戦卓へと飛び出すと、目を輝かせたサキュドと静かに頷いたマグヌスが額を突き合わせて議論を始める。
そんな三人の輪に加わるべく、フリーディアが小さな溜息を吐いて席を立った時だった。
「し、失礼しますッ!! テミス様ッ!! ご報告ですッ!! 緊急との事ッ!!」
ゴンゴンッ! と勢いよく執務室のドアが叩かれたかと思うと、扉の外から緊迫した声兵の声が響いてきたのだった。




