1247話 明日への再生
大粛清。
テミスが人間が優れていると言ってはばからない者達を集め、サキュドが嬉々として集められた者達を嬲った一件は、たった数日の間で短い名を冠され、ファント中で囁かれる事になった。
曰く。死ぬことすら許されぬ戦場。地上に顕現した地獄。永劫の責め苦。
その光景を見た一部の者達は、誰もが好んで語ろうとはせず、その事がさらに人々に事の凄惨さを想起させた。
一方で、当のテミス達はそんな噂など気にかける素振りも無く、穏やかな時間の流れ始めた執務室で、マグヌスの淹れたコーヒーを啜っていた。
「マグヌス……連中、どれ程で復帰できると思う?」
「少なくとも、当面の間は厳しいかと。身体の方は既に完治しているとは聞いておりますが、心の方は……」
「何よ。あの程度でみっともない。魔族だ人間だとあれだけ偉そうなコト宣ってたクセして……。同じ人間のヴァイセはもう回復してたわよ」
「ま……こうなるだろうとは思っていたがな。連中にはいい薬だろうさ。少なくとも、自分達の愚行を魔族が許してくれていただけなのだ……と、気付けたはずだ」
「……その一点に関してだけ言えば、効果は絶大よ」
のんびりと談笑するテミス達の傍らで、一人黙々と執務机に向かってペンを走らせ続けていたフリーディアが、突然ピタリとその手を止めてテミス達の会話へと割って入る。
その隣には、大粛清以降ここ数日で新たに寄せられた書類と、共に添えられた嘆願書が積み上がっていた。
「あれ以降、人優制を導入していた商店や食事処、酒場なんかの店から次々と優遇を取り下げたとの報告がなだれ込んできているわ。誰も彼も、謝罪の手紙や命乞いみたいな反省文を付けてね」
「クク……私達に謝った所でどうしようもないというのにな。失った信頼は、これからの自分達の行いで取り戻していくしかないだろうに」
「自分達が勝手に始めた事だってのに。謝っただけで簡単に許されると思っているのかしら?」
「それでも、謝らずには居られないのでしょう。あなた達、あの事が町でなんて噂されているのか知っているの?」
「どうでもいい。好きに言わせておけ。一度崩壊しかけた秩序がその程度で戻るのならば安いものだ」
「人間が言う事をいちいち気にしてるほど暇じゃないわ」
不敵に喉を鳴らして笑うテミスにサキュドが同調すると、フリーディアは呆れたように溜息を漏らしながら、湿った視線を二人へと向ける。
しかし、テミスは肩を竦めてフリーディアの問いに答えを示し、サキュドに至ってはそれがさも常識であるかのように悠然と笑って答えた。
当初の思惑では、これ程までに劇的な効果を見込んではいなかったのだが、副官であるサキュドだけでなく、獣人族のシズクがその強さを見せつける形になった事で、今回のパフォーマンスの効力が容易く魔族全体へと向けられたのだろう。
「アンタねぇ……そんな事言ってると、また敬語を付けさせるわよ? そんな書類さっさと片付けなさい」
「私は別に構いませんよ? ついでにサキュド様とでもお呼びしましょうか?」
「ッ……こんの……!! 良いわよ別にッ!! っていうか一生アタシに敬語を使うなッ!!」
「……? 敬語を使えと言ったり使うなと言ったり……どっちなのよ、もぅ……」
「ッ……ッ……」
「プッ……!! ククッ……ハハハハッ!!」
テミスがそんな事を考えている間にも、意地の悪い笑みを浮かべたサキュドが吹っ掛けた口喧嘩は、フリーディアがそれに乗っかる形で返す事で派手に燃え上がっていた。
その声に、テミスがきゃいきゃいと突然姦しくなった二人の方へと視線を向けてみれば、唇の端を不自然に持ち上げたマグヌスが、歯を食いしばって必死で笑いを堪えているのが視界に入る。
そんな三人の光景が、何故だかとても可笑しくて。
半ば不意打ちの如く込み上げてきた笑いを堪える事ができず、テミスは堪らず笑い声をあげてしまう。
「テミス様ッ!! 何を笑っているのですかッ!!」
「テミス……貴女の副官でしょう? しっかりとさせてくれないと接し方に困るわ?」
更に重ねて、フリーディアとサキュドは同時にテミスを振り返ると、声を合わせて各々に抗議をするせいで。
その姿がまるで、仲の良い姉妹が微笑ましい喧嘩を繰り広げているように見えてしまったのだ。
「フ……フフ……」
「ハハハハッ!! なんだかんだ仲が良さそうで何よりだ」
だからこそ。
テミスは唇を緩めたマグヌスと共に、肩を並べて抗議の声を上げるフリーディアとサキュドに笑い声をあげながら応じたのだった。




