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115話 汚泥の冠

「……?」


 まどろんだ意識の向こう側から、複数の人間の足音が私の意識を現実へと引き戻した。この地下牢に繋がれてかなり経つせいか、体の隅々が悲鳴を上げている。


「出ろ」

「……?」


 眩しいランタンの光に目を細めた瞬間。私の体を磔にしていた鎖が緩み、支えを失った私の体は鎖と共に湿った地下牢へと投げ出された。


「やっと釈放かしら。やはり横紙破りは認められなかったようね? ヒョードル?」

「フン。何を勘違いしている? 移送だよ」


 床に這いつくばりながらも不敵に微笑んだフリーディアに、ヒョードルが言葉と共に蔑んだ視線を投げつけた。


「……どういう……こと?」


 徐々に光に目が慣れはじめ、次第にヒョードルの引きつれている兵士達の顔がゆっくりと見えてくる。その男たちの顔は何処か粗野さを感じさせ、兵士というよりは冒険者や用心棒と言った風体をしていた。


「っ……貴方達……はっ――」

「――すまない」

「っ!?」


 その中から歩み出た唯一、兵士然とした顔立ちの若者が、フリーディアの側にしゃがみこんで機先を制す。その声は何処か愁いを帯びており、フリーディアは彼の心が悲しみに沈んでいるように思えた。


「父上もこう言ってる……今は、耐えて……」

「貴方……」


 ぼそりと。男はフリーディアの耳元で呟くと、その首に繋がれた鎖を手に取って立ち上がった。香水でもつけているのか、地下牢にあるまじき花の香りが残り香としてフリーディアの鼻腔をくすぐった。


「っ……父上?」

「フフ……。こやつはシェリルと言ってな。ワシの倅じゃ」


 その声にシェリルと呼ばれた青年が振り返ると、彼の体をゆっくりと押しのけたヒョードルが鉄格子を潜ってフリーディアの側へと近付いた。


「それが……どうしたと言うの……?」

「フン……知れた事を。確かにお前は罪人だが、魔王軍連中に対する貴重な戦力でもある……」


 ヒョードルは得意気な顔でフリーディアを見下しながら、狭い牢の中を歩き回って講釈を続けた。


「故に、寛大な私は慈悲を与えようと思ってな。我がランゲンハルト家にお前を迎え入れてやる……ローエングラム家は汚名を濯ぎ、王たる血統を招き入れたランゲンハルト家は更なる栄光を手にする」


 言葉を切ると、ヒョードルは血走った目でフリーディアを睨めつけると、おぞましいほどに粘着質な笑みを浮かべてゆっくりと口を開いた。


「それに、お前の態度次第では騎士団の連中も大目に見てやらん事も無いがな。クフフフッ! これぞ……これぞまさに互いへ利をもたらす素晴らしい慈悲ではないか!」


 ランタンの光が高らかに宣言したヒョードルの顔をテラテラと映し出し、その狂喜に満ちた表情がフリーディアの背筋に悪寒を走らせた。その声も地下牢に反響して次第に不気味な音となり、気持ちの悪い静寂だけが暗い空間を満たしていた。


「っ――。そう……それが狙いなのね」


 じゃらり。と。フリーディアが立ち上がるとその首から伸びた鎖が音を立て、彼女の立場を声高に主張する。しかし、フリーディアはそれを無視すると、恍惚の表情を浮かべたヒョードルを見据えて言い放った。


「我等白翼の正義の翼が、その程度の脅しで手折れると思って? それに、貴方のような者を我がローエングラム家に招き入れる訳にはいかないわ。だからこそ、私は絶対に貴方の思惑には乗りません……騎士の誇りと、当家の名に懸けてっ!」

「っ――!!!」


 背筋を伸ばし、凛とフリーディアが言い放った瞬間。その姿に気圧されたかのように、ヒョードルが数歩後ろに後ずさる。同時に、ぶぎゅるっ。という潰れたカエルのような気持ち悪い音が、彼の喉から漏れ聞こえた。


「君は……」


 フリーディアの鎖を持つシェリルが遠慮がちに声を上げた時だった。

 周囲の者の視線が突き刺さる渦中で、憤怒の形相に顔を変えたヒョードルが全身を怒りで振るわせながらフリーディアを睨み付ける。


「……きっ……きっ……貴様ァ……言う……に事欠いてッ!!」

「っ!!」

「父上ッ!」


 怒りに回らぬ舌を無理矢理動かし、大股でフリーディアへと歩み寄ったヒョードルが勢いのままに掴みかかる。しかし、その手はフリーディアを掴む事無く空を切り、傍らのシェリルの腕に阻まれた。


「何故庇うのだシェリル! こっ……ここっ……この女はッ……!!」

「なりません父上。一人の騎士として、如何な理由があろうと無抵抗な女性に手を上げる行為は見過ごせません」

「シェリルッ! 貴様ッ……ランゲンハルト家の一員である自覚がないのかッ! 由緒正しき我等が血統に、この女は自らの家の名と騎士の誇りを以て唾を吐いたのだぞッ!」

「ならば父上、貴方はこのシェリルに自らの妻となる者の楯となるなと言うのですか?」

「っ~~……!!」


 シェリルがそう言い放つと、黙り込んだヒョードルの勢いが衰える。それを畳みかけるように、シェリルは鎖を手繰り寄せて声を上げた。


「一族を想えばこそ、我が騎士道に殉ずる事こそが私の正義……解っていただけませんか……父上ッ!」

「ぐむぅっ……っ……っ~~!! フンッ!」


 ヒョードルの目を見据えてシェリルがそう告げると、ヒョードルはまるで灼熱の熱湯でも飲み下すように気味の悪い動きをした後、一つ鼻を鳴らして彼等に背を向けた。


「すまないね。こうでもしないと……まぁ、今後の事はおいおいと」


 シェリルはその背が消えるまで見送ると、腕の中に抱えたフリーディアに優しくそう語り掛ける。


「……ええ」


 フリーディアはその視線から逃れるように身をよじると、小さく頷いて彼等に連れられて外へと出ていった。


 そして彼等の足音が遠ざかり、地下牢に静寂が戻った頃。


「…………やははは。これはナカナカ……」


 その暗がりの一部がもぞりと蠢き、密かにニヤリと頬を歪めたのだった。

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