1244話 御前仕合
「……時間だな」
準備運動に戻った参加者たちを眺めながら、テミスはボソリと呟きを漏らしながら、傍らのフリーディアの様子を窺った。
しかし、特にその表情が曇っている事など無く、ただ平然とその時を待っている。
これから行われるのは、恐らく戦いなどと呼べるような代物ではないだろう。
そもそも、自警団はあくまで平時の町を護るための組織であり、有事においては戦力として戦場に出る事は無い。
だからこそ、意識に乖離が生じ、こうして魔族という種族自体に誤った認識を抱いてしまっているのだろうが。
「注目ッ!! 只今より試験を始める。挑戦者は直ちに整列し、前へッ!!」
テミスは肩を竦めて叫びを上げると、武器を手に体を温めていた挑戦者たちが、次々と号令に従って集まってくる。
その周囲では、仕事の課されていない兵達の殆どが、観戦の為に中庭へと押し寄せていた。
「事前の通達通り、挑戦者には魔族と一対一で戦って貰う。見事、その実力が魔族を上回っていると証明した場合に限り、特例として人優制を認める事とする」
「……よっしゃッ!!」
「へへっ……! 任せて下さいよ!」
「静粛に。……また、互いに命を奪うような攻撃、及び再起不能な後遺症の残る傷を負わせる事を禁ずる。以上ッ!」
凛とした声でテミスがそう告げると、周囲に集まった兵達は背筋を正し、口を噤んで耳を傾ける。
だがその一方で、テミスの眼前に集った挑戦者たちは、自信に満ちた笑みを浮かべながら口々に声をあげ、テミスは微かなため息と共に宣言を続けた。
そう。所詮はこの程度なのだ。
兵としての規律や常識がある訳でもなく、かといって己の実力を示す程の実績がある訳でも無い。
だからこそ。こうして実績を得るべく出てきたのだろうが。
「では……挑戦者の相手を務める魔族を紹介しよう。サキュドッ!!」
「はっ……?」
「えっ……!?」
ざわざわ。と。
テミスがその名を呼んだ瞬間。観戦者たちの間にざわめきが走る。
それもその筈。戦場を知るものであれば、黒銀騎団、白翼騎士団を問わず、テミスの副官の一人であるサキュドが相応の実力者であることは知れ渡っている。
しかし、一部の挑戦者以外はその自信に満ちた表情が変わる事は無く、胸を張ったまま堂々とその時を待っていた。
そして……。
「どうぞよろしく。……くふふっ!」
突如。
バサリと羽音が鳴り響くと、背中に翼を生やしたサキュドが不敵な笑みを浮かべてテミスの前へと舞い降りる。
しかし、その手に武器は握られておらず、背中の翼も早々に服の中へと消えていった。
つまり、サキュドを知らぬ者から見れば、突如眼前に小さな魔族の少女が舞い降りたという訳で。
「ハッ……!! ハハハハッ!! テミス様! 流石に冗談が過ぎますよ! 幾ら魔族とはいえ、こんな子供相手に剣など振るえませんッ!!」
「いや、如何に我々が加減をできるかという意味なのかもしれない。そうなると、かなり難しい課題といえる」
「ッ……!! ぁ……ぁ……ッ!!!」
クスクスと意地の悪い笑みを浮かべるサキュドを前に、彼女を知らない者は嘲笑と高笑いを、知る者は恐怖に顔色を変えてガタガタとその身を震わせている。
だが、今更気付いた所で時は既に遅い。
サキュドとてルギウスやリョースのような、高い実力を持つ軍団長には一歩及ばないだろう。故に、魔族より優れていると豪語するならば、最低でもサキュド位には勝って貰わなければ話にならないのだ。
「では、最初の挑戦者は前へ」
「ほ……本気だっていうのか……。へ……へへっ……!! なら仕方ないッ!! 恨んでくれるなよッ!」
「…………」
挑戦者たちがそれぞれの反応を見せるのを無視して、淡々とした言葉でテミスが言葉を紡ぐと、挑戦者の若者は腰の剣をスラリと抜いて不敵な笑みを浮かべる。
一方で、相対するサキュドはただ静かに俯いて佇んだままで。何一つ言葉を発する事も無いまま、ゆっくりと一歩前に進み出た。
そして、残った挑戦者たちが下がって場所を空け、サキュドと挑戦者の男が一対一で向き合う形を取ると、テミスとはフリーディアと共にその傍らに立って大きく息を吸い込んだ。
「……両者向き合って。ッ……!! 始めッ!!」
「ゥォォオオオオオオオッッ!!!」
一拍を置き、詰所の中庭に集まった者達の視線が集中する中、凛としたテミスの声が響き渡る。
同時に、変わらず俯いたまま佇むサキュドに挑戦者の男は雄叫びを上げると、大きく剣を振りかぶって真正面からサキュドへと突進したのだった。




