1242話 白き誓い、黒き意志
フリーディアがテミスの側付きとして働き始めてから数日。
テミス達を苦しめていた激務はその勢いに陰りを見せ、テミスとマグヌス、そしてサキュドは漸く人心地がついていた。
これまでは、この町で定められている法や制度を全て洗い出し、何処を歪められているかを見つけ出してから、正す必要があった。
しかし、フリーディアは害意が無かったとはいえこれらを歪め、書き換えた張本人の一人でもある。
故に、何処の何をどう書き換えたのかある程度は把握しているし、如何なる意図を以て変革を成していたかも知っているため、しらみつぶしに探していかなければならないテミス達よりも、弄られた場所に辿り着く速度が遥かに早いのだ。
「全く……勤勉な事だ。お陰で我々は助かっているがな」
「フン、当り前じゃない。自分がやらかしたことだもの、最初から自分で片を付けなさいよね」
「止さないかサキュド。だからこそフリーディアど……ゴホンッ! フリーディアは、こうして我等と轡を並べているのだ」
かつてフリーディア達白翼騎士団が使っていた臨時の執務室では、カリカリとペンを動かすフリーディアを眺めながら、テミス達が穏やかな雰囲気で言葉を交わしていた。
執務室の中に山のように積まれていた書類は既に殆ど片付けられており、残す山もあと数えるほどになっている。
だからこそ。テミス達は歪みを元の形へと戻す作業をフリーディアに任せ、やっとこれからの事に取り掛かる事が出来るようになった訳だが。
「こっちも……うん。これで良い筈。テミス、確認お願い」
「あぁ」
そんなテミス達の言葉などまるで聞こえていないかのように、フリーディアはペンを走らせていた書類を取り上げると、その内容に視線を走らせてから朗らかに声を上げる。
やはり……まだどこか危うさが残るが、病室で一人ウジウジと思い悩ませておくよりはマシだろう。
テミスは密かに胸の内でそう呟きながら、フリーディアから差し出された書類に目を通していく。
そこには、彼女らしい几帳面さが滲み出る文字で、マモルがどのような意図で制度を歪め、またそれを戻すにあたっての施工案や改善点までが綺麗にまとめられており、テミスは改めてフリーディアの優秀さにただ感心する事しかできなかった。
「……良いだろう。サキュド、フリーディアの案に沿って通達書を作り、自警団へ話を付けろ」
「えぇ……? アタシがですか? テミス様のご命令ならばどんな事でも喜んで拝命しますけど、フリーディアの言いなりになって動くなんて嫌ですよ」
「クク……そう腐らずに見てみろ。私としては、実にお前好みな役目だと思うが?」
「ふぅん……。っ……!! は……? アンタこれ、本気なの?」
テミスはフリーディアから上がってきた書類をそのままサキュドへと渡すと、小さく喉を鳴らしながら命令を発する。
しかしたった今、自らの眼前で行われたやり取りを知っているサキュドは、差し出された書類は受け取ったものの、酷く不貞腐れた表情を浮かべて抗議の声を上げた。
だが、テミスに促され、嫌々フリーディアの記した書類に目を通すと、不満気に尖っていた唇はニンマリと半月状に歪められて、驚きと悦びに溢れた声でフリーディアへと問いかける。
「何が……? ……ですか?」
「澄ました顔してるんじゃないわよッ! アンタ本当にどうしたっていうのよッ!? 他でもないアンタがこんなコト言い出すなんて……気持ち悪いったらありゃしないわ!!」
すると、水を向けられたフリーディアは新たに取りかかっていた書類仕事の手を止めると、静かに視線を上げてサキュドの問いに応えた。
サキュドが驚愕するのも無理はないだろう。
あの書類に挙げられていた改善案。それは、人優制により増長した自警団に属する一部の者達への矯正案で。
その内容も、魔族であるサキュドと一対一で戦って勝利を収める事ができれば、その者には真に優れた人間であるという事を証明してみせた褒美として、人優制の廃止後も特例として特権を認めるというものだった。
しかも、対戦相手であるサキュドには、相手を死亡させる事と再起不能に至る怪我を負わせる事以外の禁則は無く、彼女の趣味趣向に驚くほど寄り添っている。
「フフ……酷い言いようですね。私はただ、課せられた仕事に対して真摯に向き合っているだけですよ」
「っ~~~~!! ……わかったわ。その代わり、発案者として責任を持ってアンタも立ち合いなさい」
「ッ……! ……との事だけど、構わないかしら? テミス」
「フム……まぁいいだろう。フリーディアの働きのお陰で私達にも少しばかり余裕もできた。ならば新たな事に取り掛かる前に、不和を取り除いておくのも悪くは無い」
サキュドの問いに涼し気に微笑んだフリーディアは、そのまま視線をテミスへ向けて伺いを立てた。
その装いはまさにテミスの付き人といった様相で。
フリーディアの見せた覚悟も、サキュドが抱いている懸念も理解しているテミスは、僅かに思案するそぶりを見せた後、不敵な笑みを浮かべてコクリと頷いたのだった。




