1241話 黒き庇護に浴して
翌日。
今日も変わる事なく平穏な空気に満たされたファントの町を、困惑と好奇のざわめきが賑わせていた。
その中心には二人の少女。
一人は、厳かな雰囲気を漂わせる黒い衣服に身を包んだ長い銀髪の少女で。この町に根を下ろす者であれば、ほとんど知らぬ者は居ないファントの守護者テミス。
そしてテミスのすぐ後ろを、まるで付き従うかのように歩んで居るのは、同じくこの町に根を下ろす多くの者が知る白翼騎士団の団長であるフリーディアだ。
しかし、今日フリーディアの身を包んでいるのは眩く輝いて見える白を基調とした団服ではなく、前を歩むテミスと同じ意匠の施された黒い衣服だったのだ。
「……周囲の目が気になるか?」
「いいえ……と言えば嘘になるわね。でも、きっとすぐに慣れるわ」
「フン……堂々としたものだ。もう少し位恥じらってくれれば可愛げもあるというのに」
「あら。もしも私がこの姿を恥じたり、皆の目から逃れようとしたら、貴女が護ってくれたの?」
「馬鹿を言うな。そんな無様を見せるようであれば、そのまま町中を練り歩いてやるに決まっているだろう」
人々の視線に晒される中を歩みながら、テミスは僅かに背後を歩くフリーディアを伺って口を開く。
しかし、当の本人は人々の視線など意に介していないかのごとく胸を張り、静やかな笑みすら浮かべていた。
無論。これもフリーディア達白翼騎士団が、テミス達黒銀騎団の旗下に収まったことを示すパフォーマンスの一貫である事には間違い無い。
それは同時にテミスに付き従うフリーディアにとっては、恥を晒すに等しい罰となる筈だった。
だが、こと人心に関してはフリーディアに一日の長があるらしく、フリーディアはテミスの趣旨すら理解しているが故に、忠実にその役割をこなしている。
「それは……勘弁して欲しいわね。身体が持たないわ」
「ものの例えだ。事実、寄り道などせずに詰所へ向かっているだろう?」
「わかっておりますとも。お優しいテミス様?」
「……丁度茶菓子を切らしていてな。そうやって揶揄うのなら幾つか店に寄らせて貰っても構わんな?」
「勿論。今の私に、貴女の言葉に否を唱える権利は無いもの」
テミスとフリーディアは詰所への道を歩みながら、その服装以外は普段通りであるかのように言葉を交わす。
テミスが皮肉を叩き、フリーディアがそれに応ずる。
彼女たちに近しい者であれば誰もが見慣れたいつも通りの光景ではあったが、フリーディアの言動は常にテミスを立てるような言い回しであり、そこだけが強烈な違和感を醸し出していた。
「ククッ……上等だ。ならば一軒寄るぞ」
「もう……ほんの冗談じゃない。相変わらず意地悪なんだから。でも、了解よ」
「フン……」
ぶっきらぼうにそう告げると、テミスは予定していた道順を外れて、更に人で賑わっている商店が軒を連ねる通りへと足を向けた。
それでも、フリーディアは小さく息を吐いただけでそれに従い、変わらず堂々と胸を張ってテミスの後ろを付き従っている。
――やれやれだ。
……と。
そんなフリーディアを連れながら、テミスは内心で深い溜息を吐いた。
側付きであるならば本来、こんな風に会話を交わす事など無いのだろう。だが、今更フリーディアに敬語など使われた所で気色悪いだけなので、こうして普段通りで構わないと言い含めてあるのだが。
それが逆にフリーディアに揶揄う種を与えてしまったらしく、この大馬鹿は時折こうして、当てつけの如くわざと恭しい言い回しを使ってくるのだ。
「仕事が詰まっているのは変わらんのだ。後で泣きを見る事になっても知らんからな」
「勿論。でも、頑張った側付きにご褒美をあげるのも、優れた先達の証だと思うわ?」
「このッ……! 言うじゃないか。良いだろう、加減は無しだ。飴は用意してやるから、私の側付きとしてしっかりと働けよ」
尤も。
そのような言動でテミスを揶揄った所で、結局こうして痛い目を見るのはフリーディアの方である筈なのだが……。
「了解でありますッ!! ふふっ……」
「…………」
フリーディアは何処か解き放たれたかのような奔放さを見せ、テミスの課す叱責という名の嫌がらせも、逆に楽しんでいるかのように見えた。
これが彼女の意地からくるものなのか、それとも己に課された重責から逃れたが故の反動なのか。
「……ったく、狡い奴め」
そんな事を胸の片隅で考えながら、テミスはボソリと小さな声で呟きを漏らすと、ゾクゾクと好奇心に昂る心と慣れる事の無い気持ち悪さが綯い交ぜになった妙な心地を覚えながら、肩を竦めて町の雑踏の中へと歩を進めたのだった。




