1240話 声なき悲鳴
純然にして高潔たる誇り。
それこそが、彼女たちが何よりも尊び、胸に掲げる御旗であったはず。
だからこそ。テミスはあえて屈辱を与え、二度と同じ轍を踏む事が無いように、再教育を施すつもりだった。
けれど、白翼騎士団はあくまでもフリーディアの部隊。テミスがどれ程戦術をこねくり回そうと、彼等と共に長い時間を過ごし、人柄や得手不得手までも詳しく把握したフリーディア以上に、白翼騎士団を巧く指揮出来る者は居ないだろう。
故に。形式上のみ軍門に下らせ、実際の部隊指揮や運用は、これまで通りフリーディアにやらせようと思っていたのだが……。
「私達騎士には、従騎士って制度があるの。正式に一人前の騎士として認められる前に、先達の騎士の側に仕えて、その技を、心を、苦楽を知るわ。テミス……きっと貴女の言う通り、私は間違えたのだと思う。だからこそ! もう間違える事が無いように、貴女の側で見て学びたいのッ!!」
「ッ……!!」
驚愕に言葉を失ったテミスに、フリーディアが語気を強めてそう言葉を重ねる。
しかし、テミスは余りの衝撃に息を呑んで身体を硬直させたまま、言葉を返す事ができずに居た。
酷い話だ。馬鹿馬鹿しい。荒唐無稽にも程がある。
心の内の何処かから、冷徹な自分の声が響いてくる。
そもそもの方針が異なる私達では、見たところで参考になる事があるとは思えない。
側付きとしてフリーディアを傍らに侍らせたとしても、何人をも受け入れ、誰彼構わずを救おうとする彼女の事だ。ただ無意味に膨大なストレスに晒される羽目になるだけだろう。
「ぶ……部隊は……? お前が私の側付きを務めるのなら、白翼騎士団の連中はどうするんだ……?」
「カルヴァスが居るわッ!」
「なっ……!?」
「それに、黒銀騎団の一部隊として白翼騎士団を扱うのなら、今のままでは人数が多過ぎるわ? それなら分隊毎に分けて、少なくとも三つ……いえ、四つの部隊として、戦力を合わせるべきよ」
数秒の沈黙の後、テミスは辛うじて言葉を返すが、フリーディアはまるでテミスの問いなど予測していたかのように、つらつらと答えを並べ立てていく。
一方で、突如として水を向けられたカルヴァスは、驚愕に驚愕を重ねてその顔から血の気が完全に引いてしまっているが……。
「お願いよテミス! 厚かましいのは重々わかっているわ。けれど、私はもう間違えたくない……間違える訳にはいかないのッ!! 側においてくれるのなら何だってやるわ。雑用でもお使いでも……使用人として使ってくれたって構わないわッ!!」
「ッ……!!」
「フ……フリーディア様ッ!! 落ち着いて下さい!! 何も貴女がそんな事……」
「そうですよ! フリーディア様が使用人などあり得ませんッ……!」
遂には傍らに立ち尽くすテミスの手を取り、縋るように叫ぶフリーディアに、流石に正気を取り戻したのか、カルヴァスとミュルクが慌てた様子で止めに入る。
しかし、テミスは大きな瞳を潤ませて懇願するフリーディアを見て、再び小さく息を呑んでいた。
これは危険な兆候だ。
病室に閉じこもっていたせいで、無駄に考える時間が多かったことも災いしたのだろう。
今回の失態は、どうやら私の予想を超えてフリーディアには堪えていたらしい。
彼女自身が気付いているかは知らないが、失ってしまった自信を取り戻す為、こんなにもなりふり構わず無茶な事を言い出しているのだ。
「フ……クク……言ったな? 今確かに、何でもすると」
「えぇ!! 間違い無く。誓うわ」
「待って下さいッ!! テミス殿! フリーディア様は今、混乱されている! どうかこの話は日を改めて――」
「――そのような戯れ言は聞かん。良いだろうフリーディア。そうまで強く望むのならば、お前は部隊長としてではなく、私の側付きとしてこき使ってやる」
「なっ……あ……あぁっ……!!」
「ありがとうッ!! 感謝するわ!! その温情……決して無駄にはしない! 誠心誠意、イチから貴女から学ぶわッ!!」
皮肉気な笑みを浮かべてテミスがそう頷くと、フリーディアは感涙の涙すら浮かべて歓喜の声を上げる。
その傍らでは、カルヴァスとミュルクが途方もない絶望に打ちひしがれたかのような表情で体を震わせており、フィーンに至ってはまるで魂が抜け落ちてしまったかのように、ただ茫然とフリーディアを見つめていた。
「……だが」
「っ……!」
けれど、その喜びに水を差すように、テミスは静かに手の平をフリーディアへと向けると、冷静な声で言葉を続ける。
「一つ目の要求。これだけは駄目だ。町の安寧を守る為にも、叛意を抱く者をこの町においてはおけない。離脱する事は認めよう、それに対して罰も与える事はしまい。だが確実に軍籍を剥奪し、ロンヴァルディアに送還する」
「そんな……でもっ……!」
「お前ならばわかるはずだ。お前の言う通り認めるのは、この町に強力な反攻勢力が産まれる事を意味している。今回の裁定が気に入らないのならば、白翼騎士団の連中がそっくりそのまま離脱して、自主的にお前の私兵として集えばいいのだからな」
「っ……!! そう……よね……わかったわ。テミス……私のお願いを聞いてくれてありがとう」
「…………」
冷静な口調でそう説き伏せたテミスに、フリーディアは何かを噛み締めるかのように少し俯いた後、コクコクと頷いてテミスの提案を受け入れた。
そして、握り締めたテミスの手に縋るかのように額を寄せると、深く心の籠った言葉で感謝を述べたのだった。




