1239話 咎人の願い
「フリーディア。いや……お前達白翼騎士団には、黒銀騎団の一部隊として私の傘下に入って貰う」
しんと静まり返った病室の中に、テミスの粛々とした声が響き渡る。
これが未だ傷痕の残る今回の騒動。その決着としてテミスが下した裁定だった。
現在、ファントの町は元魔王軍のテミス率いる黒銀騎団とロンヴァルディアに属するフリーディア率いる白翼騎士団の二頭体制で成り立っている。
それこそが、人間と魔族の融和を謳うこの町にとって好ましい姿であり、在るべき形だと思っていた。それに、テミスにとっても何かと仕事をフリーディアへ押し付ける事ができて都合がよかったのだ。
だが、今回の一件は二頭体制の脆弱性を突かれた形となった。
本来は互いに見張り合い、補い合うように形成されている体制だが、今回のようにテミスが町を空ける際、全ての権限がフリーディアへと集中してしまう。
故に。これまではテミスが戻るまで話を留めておくか、緊急性が高い場合はテミスの元まで連絡が来たであろう事柄でさえも、フリーディアが同等の権限を有する所為でここまで事態が進行する事を許してしまった。
「……白翼騎士団を解体するとまでは言わん。お前も白翼騎士団の基幹部隊を率いる部隊長となればいい。幸い、黒銀騎団は分隊運用に長けているからな。その辺りはどうとでもなるだろうさ」
薄く不敵な笑みを浮かべたテミスがそう言葉を続ける前で、フリーディアはその言葉を噛み締めるようにただ黙ったまま耳を傾けていた。
フリーディアごと白翼騎士団を傘下に加え、一つの部隊として運用してしまえば手綱を握るには容易だし、手に余る書類仕事をフリーディアに押し付ける事もできる。
加えて、これまでフリーディアが協力的だったお陰もあり、形式の上で言えば部隊の数が倍増するような大変革であっても、実務の面ではこれまで通りほとんど変わる事が無いというのも大きなメリットだ。
同時に、フリーディア率いる白翼騎士団が対等であったはずの黒銀騎団の傘下に加わるとなれば、団長であるフリーディアが責を負ったとするには十分だろう。
まさに一石四鳥。
この案を思い付いた時には、我ながら大変平和的で、素晴らしい着地点を見付けたものだと狂喜したものだ。
「…………」
そうテミスは、内心で自らの導き出した改心の裁定に頷いていたものの、当のフリーディア達はそうではないらしく、フィーンは今にも喉から飛び出ようとしている慟哭を堪えるようにブルブルと震え、カルヴァスとミュルクは絶望したかのように暗い顔で肩を落としている。
だが、団長であるフリーディアが言葉を発しない以上、厳密には部外者であるフィーンや部下であるカルヴァス達が口を開く事もできず、刻一刻と重苦しい沈黙の時間が流れていった。
そして。
「反論や苦言は無いわ。でも……三つだけ。お願いを聞いて欲しいんだけれど」
「……言ってみろ。内容による」
テミスの顔を見上げたフリーディアがゆっくりと言葉を紡ぐと、テミスは眉を吊り上げて先を促してみせる。
この裁定が、平和的で効率の良い素晴らしいものであるのはあくまでも黒銀騎団から見ての話だ。それを理解しているが故に、テミスはフリーディアから相応の反論や苦言があると覚悟していたのだが……。
「まず一つ。白翼騎士団の皆の中には、貴女の裁定に反発する人たちも居ると思う。そんな彼等が部隊を離れても、この町に住まう事を許してあげて欲しいの」
「……私からの返答は、お前のお願いとやらを全て聞いてからにしよう」
「っ……!」
一つ目の願いを言い切り、問いかけるように自身の目を見上げたフリーディアに、テミスは冷たく言葉を返した。
本来ならば、処罰を与える相手と交渉するなどおかしな話ではあるが、その程度の譲歩で腹の内に抱えた約半数の勢力と、敵対しなくて済むのならば安いものだ。
「二つめは、たとえ貴女の傘下に収まったとしても、白翼騎士団の部隊も黒銀騎団の部隊と同じように扱うと約束して」
「フッ……」
「……三つめは。えっと……その……」
生真面目なその性格を露にするかのように続けられた『お願い』に、テミスは思わず小さく笑みを零した。
つまるところ、死ぬことが前提の捨て駒として彼等を扱ったり、意図的に彼等を使い潰すような真似をするなと言いたいのだろう。
だが、元より一切そんな気は無いテミスは、フリーディアの慎重さにただ感心しただけなのだが。
「それで? 三つめは?」
「うん……私の……事なんだけど……」
「んん……?」
歯切れ悪く口ごもるフリーディアにテミスが先を促すと、フリーディアは緊張するかのように膝の上にかけた掛布団を握り締め、ゆっくりと語り出す。
しかし、その内容は驚く事に彼女自身の事らしく。
テミスはフリーディアがこの土壇場で自らの保身に走る性格などでは無いと知りながらも、らしくないその言動に怪訝な表情を浮かべた。
「テミスは……さっき私を部隊長にって言ったけれど、貴女の補助……いいえ、側付きとして隣においてくれないかしら?」
「な……にぃっ……!?」
「なっ……!?」
「はっ……?」
そんなテミスを伺うように何度も見上げながら、フリーディアは言葉を紡ぎ終える。
しかし、最後に飛び出した突拍子もない『お願い』に、病室の中にはその場に居合わせた者達の驚きの声が木霊したのだった。




