1238話 同じ目線で
全く、これだからこの女はやり辛い。
自らが向けた視線を真っ直ぐと見返すフリーディアから目を動かさぬまま、胸の中でそう独りごちる。
フリーディアは既に、私が携えてきた話の内容をある程度は察している筈だ。
それは彼女にとって、凶報である事に間違いは無い。
だというのに、こちらを真っ直ぐ見返すフリーディアの瞳に揺らぎはなく、媚び諂うような光も無かった。
ただ泰然と。己に下されるであろう審判を、誇り高く見据えるのみ。
そこには、捻くれていることを自負しているテミスでさえも感じ取れるほどの、高潔さと気高さが在った。
「……話というのは、お前の処分に関してだ」
「なっ……!!!」
「ッ……!!」
「で……しょうね。今の貴女が私に用件があるとすれば、思い当たるのはそれくらいしか無いわ」
静かに、そして粛々と口火を切ったテミスに、フリーディアの傍らに着いた三人は驚きに息を呑むが、当の本人はさも当たり前であるかの如く頷いてみせる。
だが無論。怒りに心を囚われたフィーンや、忠義に厚いミュルクとカルヴァスが黙って聞いている事ができる筈もなく、次の言葉をテミスが発する前に怒りの咆哮がそれを遮った。
「何を馬鹿な事を言っているんですかッ!! フリーディア様は貴女にこんな大怪我を負わされて尚、今回の騒動を解決すべく尽力したんですよッ!? それを讃えるならまだしも、処分だなんてッ……!!」
「私はッ……!! 今回の件に関しては、彼女ほどフリーディア様が正しいと言い切る事はできません。ですが問いたいッ!! 貴女はフリーディア様が道を誤ったからこそ、その刃を振るったのではないですかッ!?」
「俺……俺ッ……はッ……!! ――ッ!! 罰するべきはフリーディア様ではないのではないですかッ!? フリーディア様を誑かしたのは全てマモルですッ!! あいつこそ真の悪であり、誅すべき相手でしょうッ!!」
三者は三様に、己が胸の内に秘めた思いを吐き出すと、テミスはまるでそれを受け止めるかの如く聞き届け、口元にニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
テミスにとって、彼等の反応は想定以上の収穫だった。
フリーディアが彼等をここへ呼んだ時から、最悪の場合この場で激高したミュルクやカルヴァスと一戦交える羽目になる事さえも覚悟していたが、彼等の内心はテミスの予想を遥かに超えて成長していたらしい。
理性的に、そして論理的にフリーディアを救う術を探るカルヴァスもそうだが、ミュルクはまだまだ青さが残るものの、フリーディアの犯した間違いを受け入れたうえで、その罪の所在がマモルにあると説いている。
少し前の彼等ならば、烈火の如く気炎を上げているフィーンのようにフリーディアを妄信し、言葉を交わす余地など無かっただろう。
「ククッ……ハハハッ……!!! 良い。実に良い。確かにこれならば、ここまでの武装は必要無かったかもしれんな」
だからこそ。
テミスは内心の嬉色を隠すことなく笑い声をあげ、大きく頷いて己が心を切り替えた。
最早彼等は、会話すら成立しない阿呆では無いのだ。ならばこちらも、己が意図を誠心誠意伝える必要がある。
「またそんな高笑いをッ……!! 馬鹿にしているんですかッ!?」
「いいや? そこの二人が私の予想を遥かに超えて理性的で驚いただけだ。ならば、私も言葉を尽くす甲斐があるというもの」
「テミス……」
フリーディアにのみ向けていた視線を傍らへと向けて、皮肉気に宣言したテミスに、フリーディアは僅かに目を潤ませながら熱っぽく呟きを漏らした。
あれ程まで憎み合い、蔑み合っていたテミスと腹心たちが、ようやく本当の意味で互いに向き合ったのだ。
その事実はフリーディアにとって、眼前に控えた自らの処分に対する緊張や不安を吹き飛ばしてしまうほどに喜ばしい事だった。
「まずはミュルク。お前の言う通り、全ての元凶はマモルだ。だが、私がフリーディアに預けたのは町を護るという責務だ。それはわかるな?」
「っ……り、理解できる。確かにフリーディア様はいつもそう言っていた」
「僥倖だ。ならばその責務は、マモルを含む何者からも、如何なる外敵をも退ける事を意味すると覚えておけ。私とて、十全にこなせているとは言い難い。だが、例え誑かされたとはいえ、自らが町の安寧に刃を向けるなど論外だ。それこそが、責務に対する度し難い裏切りといえる」
「グッ……ゥッ……ッ……!!!」
ゆっくりと、そして少しづつ確認をするかのように言葉を紡いでいくテミスに、ミュルクは反論の言葉を失うと、拳を固く握り締めて口惜し気な息を漏らした。
それは何よりも、彼自身がテミスの語る道理が正しいと認めてしまったという証拠で。
テミスは小さく息を吐くと、隣で固唾を飲むカルヴァスへと視線を移す。
「カルヴァス。お前の言う事も尤もだ。私の怒りは、失望は、確かにあの時この剣に込めて斬り払った」
「だったら――ッ!!」
「――だがそれは、あくまでも私個人の話。ファントの町を預かり、フリーディアに託した身としては、こうして生き残ってしまった以上は、組織としての責を問わねばならない」
「だからといって、フリーディア様にのみ責を負わせるなど出来ませんッ!! 組織としての責を問うのならば、副団長である私にも責はあるはずッ!!」
「あぁ。心配しなくとも、今更こいつに命を以て償えなどとは言わんよ。それが理解できているのなら、黙って聞いていろ。受け入れ難くとも納得はできる筈だ」
「ッ……!! そう仰るのであれば……私はッ……!!」
ミュルクにしたのと同様に、テミスはカルヴァスにも己が意図を噛み砕いて伝え、途中の反論にも頷いて答えを返す。
そんなテミスに、己が主張をある程度受け入れられた形となったカルヴァスには返す事の出来る言葉は無く、ただ頷く事しかできなかった。
そして。
「待たせたな、フリーディア。お前からの反論や苦言は後で聞こう」
「……覚悟は、出来ているわ」
再び視線を戻してそう告げたテミスに、フリーディアは静かに深呼吸をしてから言葉を返したのだった。




