1237話 主と友と従者と
フリーディアの命を受けた騎士達が部屋を辞してから十数分。
テミスとフリーディアは、僅かに流れ始めた不穏な空気などまるでなかったかのように談笑に花を咲かせていた。
「貴女が戻ってから、町の様子はどう? 私はここに籠りっぱなしだったからわからなくて」
「表層を眺めた所でさしたる変化など見当たるまい。せいぜい、路肩で寝泊まりをするほどに困窮した魔族が居なくなったくらいか。私が直接見た訳では無いがな」
「そう……良かった。……と、彼等を追い詰めてしまった私が言うのもおかしいわね」
「知るか。ただ……あえて言うのならば、お前のせいで今、私が忙殺されているのは間違い無い」
「あら。良いじゃない。いつも私達にばかり仕事を押し付けている分よ?」
「私は押し付けてなどいない。お前が勝手に仕事を増やしているだけだろう」
「問題が起きる前に解決するのも、町を治める者としてやるべき事でしょう!」
「だからといってお前はやり過ぎなんだ。子供の使いのような仕事までホイホイと引き受けてきやがって……我々は便利屋や丁稚奉公では無いのだぞ」
「何よッ! 町の人が困っているのなら手を貸す……当り前のことじゃないッ!」
「限度があると言っているんだ。施される事に慣れ、助けられるのが当たり前となれば、ヒトはすぐに感謝を忘れて増長する」
尤も、根本的な考え方が全く異なる二人では、ただの雑談であってもすぐに真っ向から意見が対立し、こうして火花の散る議論へと発展してしまう訳だが。
それでも、テミスの背後に控えているシズクとサキュドが口を挟まないのは、まるで口論が如く言葉を交わしているのにも関わらず、テミスとフリーディアの表情に何処か楽し気な雰囲気が滲み出ているからだろう。
「フリーディア様ッ!!」
しかし、息を切らせて病室へと飛び込んできた者達の叫びによって、ある種の平穏な空気は一瞬にして消え去り、テミスは元の鋭い表情へ、フリーディアは何処か困ったような笑みを浮かべた、儚げな表情へと戻っていた。
「ッ……!! 貴女ねぇッ!! フリーディア様に何を言ったんですかッ!!?」
「別に何も。そもそも、お前は呼んでいない筈だが?」
「呼ばれていなくたって関係ありませんッ!! そんな恰好の貴女が来たなんて聞いて、黙っていられる訳ないでしょうッ!!」
「あ~……と、いう訳でして……申し訳ありません」
「ッ……」
姿を現すなり、大声でテミスに食って掛かるフィーンの後ろで、苦笑いを浮かべたカルヴァスがフリーディアへと頭を下げる。
そんなカルヴァスの隣では、いつにも増して大人しいミュルクが、テミスを怒鳴り付けるフィーンから視線を逸らして、ばつが悪そうに頬を掻いていた。
「ククッ……まるでいつかの誰かでも見ているようだな?」
「ウッ……いや、だが……ッ!!」
「聞いているんですかッ!? またフリーディア様を傷付けるつもりなら、この私が許しませんよッ!!」
あの一件以来、眼前でフリーディアが切り裂かれたことが余程ショックだったのか、すっかりフリーディアの番犬と化してしまっているフィーンをいなしながら、テミスはニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべてミュルクへと語り掛ける。
すると、ミュルクにも思い当たる節があるのか、ビクリと肩を跳ねさせた後、モゴモゴと言葉を詰まらせた。
しかし、本当に激情に任せて付いてきたらしき丸腰のフィーンとは異なり、ミュルクもカルヴァスも、しっかりと帯剣している所には、彼の成長が垣間見えている。
「いい加減にしてくれ。話が先へ進まん。これ以上騒ぐのならつまみ出すぞ」
「なッ……!! 何ですかその言い草はッ!! ここから出て行くというのなら貴女の方でしょうッ!! それに、貴女にはここで悠長にお話などしている暇は無い筈――」
「――フィーン。大丈夫だから。こっちへ来て、一緒に話を聞きましょう?」
「っ……!! フリーディア様が……そう仰るのでしたら……ッ!!」
「ハァ……」
呆れ果てたテミスの言葉にすら食って掛かるフィーンを、フリーディアも苦笑いを浮かべて諫めると、フィーンはその言葉に従ってフリーディアの隣……テミスとはベッドを挟んで逆側の位置へと腰を落ち着けた。
それに倣い、カルヴァスとミュルクもまたフィーンの後ろへと移動し、病室の中は自然とテミスとフリーディアを中心に二つに分かれる。
「……時間を取らせてごめんなさい。でも、カルヴァスは副団長でミュルクは一番私の側に居た騎士だわ」
「構わない。むしろ、二度説明する手間が省けるというものだ。……が」
途端にゆっくりと、部屋の中にピリリと張り詰めた空気が流れ始め、謝罪と共にフリーディアが口火を切った。
一方で、テミスは皮肉気と共にフリーディアの謝罪を受け入れると、チラリとその視線をフィーンへと向けた。
明確に、そして意味深気に動かされたその視線にフリーディアが気付かない訳も無く、フリーディアは慌てたように続けて口を開く。
「えぇっと……フィーンは、ほら。今回の件の立役者ということで……ね? 色々と動いてくれていたみたいだし……」
「ククッ……まぁ、お前が良いと言うのなら構うまい。くれぐれも、話の邪魔だけはしてくれるなよ?」
念には念を。
フリーディアの言葉を聞いたテミスは、改めてフィーンに釘を刺すと、小さく息を吐いてから、静かにその視線を真っ直ぐとフリーディアへ向けたのだった。




