1235話 慈悲無き進撃
「ッ……!!! 冗談じゃぁ……ないッ!!!」
テミスの命令が響き渡り、一瞬の静寂が訪れた後。
白翼騎士団の騎士達は自らの忠義と怒りを燃え上がらせて、一気にテミスへと掴みかかった。
例え刃を交えぬ仲になったのだとしても。一度は自分達の主君をその手にかけた女なのだ。
今も尚、傷付いた身体を癒している最中であるフリーディアに会わせる訳にはいかないと。各々が必死にテミスを止めるべく死力を振り絞っていた。
彼等の目的はあくまでもテミスの足止め。無論、そこに殺意など混じる筈もないし、現に誰も拳を振りかざしたり、急所を狙って掴んだ訳では無かった。
だが。
「残念だ」
「ガッ……!!? カッ……ァッ……!! ハッ……!!」
サキュドの身体から漏れ出す魔力が紅へと色付く前に。
テミスは雲霞の如く押し寄せる白翼騎士団の騎士達の中でも、特に威勢よくテミスに真正面から抗議していた騎士の男を一人、剛力を誇る細腕を以てその首を掴み上げる。
「な……!! 何をッ……!! まさか……!!?」
「……言ったはずだ。反逆者として処断すると。だが……再び私を敵に回してまでフリーディアに尽くすその忠義だけは買ってやる。存分に相手になってやるぞッ!!」
「ごぁッ……ッ!!!」
「……!? ぎゃ……ぁ……!!」
突如として自分達へと向けられた暴力に、騎士達は一瞬だけ唖然とした表情を浮かべるが、その動揺から抜け出す前に、テミスは掴みあげた騎士を力任せに前方に集結している騎士達へと投げ飛ばした。
少女の姿からは想像すらつかない程の剛力で投げ飛ばされた騎士は為す術もなく宙を舞い、その身を武器と化して同胞へと叩き付ける。
当然。想定外の攻撃を受けた騎士達が応ずる事などできる筈もなく、投げ飛ばされた騎士を受け止める事も、その衝撃を殺す事すら出来ずに、将棋倒しとなって道を形作った。
「ククッ……私を止めたくば、剣を抜いても構わんぞ? 勿論その場合、こちらも剣を抜かせて貰うがな」
「クッ……!! 駄目だッ!! フリーディア様はまだ目を覚まされたばかりッ!! 安静にして頂かなければならないというのにッ!!」
「待ってくれッ!! いや、待って下さいテミス殿ッ!! フリーディア様へのご用件ならば我々が承りますッ!! だからッ!!」
「くどいッ!!」
床の上に倒れた騎士達で作られた道を、テミスは騎士の身体を跨いで悠然と歩を進め始める。
その傍らからは、力を見せ付けられ、叶わぬことを悟った騎士達が、何とかしてテミス達を引き留めようと、手に脚に縋り付いて必死の懇願を始めた。
だが、テミスは己が身に絡みつく騎士達の手を一喝と共に引き剥がすと、四肢を力任せに動かして前へと進み続ける。
そんなテミスの行軍に、ほとんどの騎士達は自分達の身体が折り重なっていたせいで付いて行くことができず、振り払われて床の上へと転がった。運よく堪える事ができた数名の騎士も、少数の力ではテミスの剛力を留める事は叶わず、そのまま必死に声を張り上げながら、ずるずると引き摺られていった。
「……なんと言いますか。壮観ですね……ある意味」
「フン……。あんな連中、さっさと始末してしまえばいいのに」
「私は安心していますが……。こんな場所で刃傷沙汰なんて流石に気が引けます」
「アタシの目は誤魔化せないわよ。その刀に添えた手、放してみなさいな」
「ッ……!! これは……その……お二人が散々脅すからじゃないですか……」
ずんずんと突き進んでいくテミスの後ろを随伴しながら、サキュドがチラリと視線をシズクの腰に提げられた刀へと向けてそう告げると、シズクはピクリと肩を跳ねさせて刀の鞘を握っていた手を離す。
すると、既に鯉口の斬られていた刀が支えを失って再び鞘へと収まり、微かにチンッ……! と軽い金属音が奏でられる。
それは紛れもなく、シズクが臨戦態勢であったという雄弁な証拠であり、シズクは揶揄うようにニンマリとした笑みを浮かべるサキュドに、肩を竦めてモゴモゴと言葉を返した。
「ッ~~~~!!! た、頼むッ!! どうか君達からもテミス殿に進言してくれッ!!」
「お、俺からも頼むッ!! フリーディア様には安静が必要なんだッ!!」
「黙れ触るな汚らわしい」
「おっと……!! それは……えぇと……ごめんなさい」
先頭を突き進むテミスとは異なり、何処か楽し気に言葉を交わすサキュドとシズクにも、テミスに振り払われた騎士達が懇願すべく縋り付こうと手を伸ばす。
しかし、その手が彼女たちに届く事は無く。
サキュドに向けて伸ばされた手は侮蔑の言葉と共に蹴り払われ、シズクへと伸ばされた手は触れる事すら出来ずに空を切った。
「えぇい……鬱陶しいッ!! フリーディア!! 邪魔するぞッ!!」
そんな騎士たちの必死の奮闘も虚しく、テミスはフリーディアの居る病室の戸へと辿り着くと、何度振り払っても縋り付いてくる騎士たちを引き剥がしながら、ガラリとその戸を開いたのだった。




