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114話 幻想と真実

「度し難いな……」


 極彩色に色を変化させる外套を翻しながら、テミスはボソリと呟いた。ついこの間まで殺し合っていた相手を信用できない事など百も承知だが、そのリスクを背負ってでもフリーディアを救いたいと行動したのではなかったのか。


「もう面倒だ。知った事か」


 テミスはそう呟いて僅かに足を速めると、外套の下で剣の柄へと手を添えた。そもそも、私は魔王軍の人間なのだ。フリーディアを救い出した後の事など、いちいち考えてやる必要もあるまい。


「護る……? 馬鹿を言うな。諸悪の根源を潰さねば、幾ら護った所で意味はない……」


 ブツブツと呟きながら、テミスは遠くに小さく垣間見える王城を睨み付けた。

 そうだ。何がヒョードルの狙いかなんて事はどうでもいい。奴がフリーディアを使って何かを企んでいるのは間違いない。その結果……。


「クソッ……!」


 思考がいつの間にか始点に戻り、テミスは苛立ちを吐き捨てると不意に足を止めた。どちらにしろ、急ぎフリーディアを救い出す必要はある。だが連中の所へ返した所で、また第二第三のヒョードルがフリーディアを脅かすだけではないのか?


「まぁ……それはどうでもいいか」


 テミスは肩に入っていた力を抜いて空を見上げた。その透き通るような青空は、ファントと変わらない筈なのにどこか重く、冷たい空気を放っているように感じる。


「もうここは……私の居場所ではないのだな……」


 そう物憂げに呟いて、テミスはしみじみと頷いた。

 今更私は、何を期待していたのだろう?

 そうだ。形こそ違えど、これは私が辿るはずだったもう一つの道だ。

 アトリアに顔を見せ、ヒトの英雄として町に溶け込み、白翼騎士団の連中とフリーディアの為に奔走する……。おそらくあの時、フリーディアの手を取っていれば、こんな生活が待っていたのだろう。


 だが、私はその手を取らなかった。

 故に。私は魔王軍の軍団長としてこの町に潜伏しており、その目的は、ただこの町に権力を笠に着た横暴を裁きに来ただけだ。


「フッ……」


 佇むテミスの左右を、人の流れが止まることなく通り過ぎていく。ある者はその容姿に目を止め、ある者はその勇名に眼差しを向ける。だがそれは全て、『テミス』に向けられたものでは無く『リヴィア』に向けられたものだ。


「なるほどな……」


 言葉と共にテミスの口角が吊り上がり、その瞳にどこか寂し気な光が宿った。

 あまりにも懐かしい風景だったから失念していた。本来見る筈の無い心に触れてしまったから惑わされた。けれど、触れようと手を伸ばしてやっと気が付いた。


 ――これは全て。私があの時切り捨てた物だ。


「っ……」


 ぎしり。と。外套の下でテミスの手が固く握り締められ、綺麗に切りそろえられた爪が掌に食い込んだ。


「……早く終わらせて帰ろう」


 そうだ。フリーディアが救われる事は、私がヒョードルを斃したことによって起きる可能性のある事象の一つに過ぎない。別に、フリーディアを救わなくとも、ヒョードルの企みを挫く手段なんて山ほどあるはずだ。

 そう呟いたテミスの瞳には先ほどまでの寂し気に揺れる光は無く、ただひたすらに無機質な意志が揺蕩っていた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「……ありゃぁ~……こりゃ、遅かったですかねぇ……」


 その光景を、人ごみを挟んだ路地から眺めている影があった。

 通りの中心に佇んで頼りなく揺れるその姿は、まるで夢から覚めた子供のようだとフィーンは目を細めた。


「只者では無いとは思ってましたけど……まさかねぇ……それにあの様子だと、少し方法を考えた方が良いかもしれませんねぇ……」


 フィーンの視線の先でテミスは、意を決したように身を翻すと、規則的な歩調で町外れの方へと踵を返していく。

 それをしっかりと見届けたフィーンは、テミスの消えていった方向に背を向けると楽し気にぴょこりと歩を弾ませる。自分の感が正しければ、間違いなく今回の事件はとても面白い事になるはずだ。


「それに……あわよくば……」


 フィーンはそう零すと、あくどい笑みを浮かべて目を細めて、鼻歌交じりに口を開いた。


「期待していますよぉ……? テ・ミ・ス(・ ・ ・)さんっ!」

2020/11/23 誤字修正しました

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