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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第21章

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1229話 目覚めの先へ

「……様ッ!!」


 まるで、鈍重なタールの海の中を漂っているかと思うほど、光一つ差さない暗闇の中。

 僅かに覚醒したテミスの意識が、彼方から残響のように響く音を拾い上げる。


「――様ッ!! ……ス様ッ!!」


 だが、目覚めかけたテミスの意識が繰り返されるその声に応える事は無く、再び深いまどろみの中へと沈んでいく。

 今この生暖かい快感に浸っている事ができるのならば、他の全ての事はどうでもいい。

 そう思えてしまうほどに、鈍く揺らめくこの世界は居心地がよかった。

 ただ一つだけ。甘美極まる安らかな漆黒に文句を付ける点があるとすれば。鉛のように重く感じられる全身が、微かな痛みと共にギシギシと軋みをあげている事だろう。


「テミス様ッ!!!」

「――ッ……!!!!」


 直後。

 脳天を貫くように響いた大声に、テミスはビクリと身を震わせた後に跳び起きると、酷い眠気が残る目を擦る事すら忘れて周囲の様子を伺い見る。

 ぼやけた視界がゆっくりと像を結び、目に映った見慣れない部屋の景色に、寝惚けたテミスの頭はさらに混乱を極めた。

 だがそれも束の間。

 テミスは飛び起きた姿勢のままたっぷりと数秒間もの間硬直すると、ゆっくりと動き始めた脳味噌に意識が追い付き、少しづつ現状を理解し始める。


「ぁ……」


 まさか……眠ってしまっていたのか……?

 そう気付くと同時に、執務机の上に突っ伏す格好で眠っていたテミスの頬から一枚の書類が剥がれ落ち、カサリと小さな音を立てて執務机の上に舞い落ちた。

 その書面には、ミミズが悶え苦しんだかのような線が、まるで文字であるかのように記されており、テミスは自らが意識が途切れる寸前まで、強大な眠気の猛攻を食らいながらも、この書類と格闘していた事を思い出した。


「しまった……書き直しだな……これは……」


 剥がれ落ちた書類を拾い上げ、涎のシミさえついたそれをクシャリと丸めると、テミスは小さくため息を吐きながら言葉を零す。

 せめて、マグヌスが来るまで持ち堪えていようと思ってのだがな……。

 苦笑いと共に、胸の内でそう嘯いた時だった。


「ン……?」


 回り始めたテミスの脳裏を、一筋の違和感が駆け抜けていく。

 そういえば、先程目を覚ました時、誰かに呼びかけられていたような気がするが……。

 それに、執務机に座っているというのに、目の前がゴツゴツとした妙なもので遮られているかのように暗くて。


「っ……!! あ~……その……なんだ……。おはよう。マグヌス」


 酷く遅れて、眼前に仁王立ちする竜人族の大男の存在に気付くと、テミスはその表情を窺うべく視線をあげた後、チラリとだけその憤怒に満ちた表情を収めて再び机上へと戻す。

 そのまま、テミスは十分に言葉を濁しながら目を左右に泳がせ、観念したかのごとく引き攣った笑みを浮かべて口を開いた。


「……お早うございます。テミス様」

「随分と早いな? しっかりと体を休めるんだぞ? 今お前に倒れられては非常に困る」

「申し訳ありません。無礼をお許しください」

「は……?」


 憤怒の表情を浮かべたまま、マグヌスがテミスの挨拶に静かな声で言葉を返すと、テミスは頬に一筋の冷や汗を流しながら言葉を続ける。

 しかし、質問混じりに投げかけられたその言葉にマグヌスが答える事は無く、代わりにマグヌスは深々と頭を下げて謝罪した後、突飛なマグヌスの行動に目を白黒とさせて驚くテミスの前で大きく息を吸い込んだ。

 そして……。


「貴女がそれを言われるかァッ!!! このマグヌスの肝が、いったいどれ程冷えたかお分かりかッ!!!? 昨夜、今日こそは必ずお帰り下さいとあれ程言ったではないですかッ!! 今ッッ!!! 一番倒れて困るのは他ならぬ貴女でしょうッ!!!!」


 溜め込んだ勢いを炸裂させるかのように、マグヌスは怒鳴るようにテミスへ叫びをぶつける。

 そのビリビリと響く叫びはテミスの鼓膜をやすやすと貫き、覚醒したばかりの頭の中を揺らすのには十分だった。


「心臓が止まるかと思いましたぞッ!! 入室を報せても返事がありませんし、お帰りになられたのだと安心して扉を開いてみれば、机で倒れられているッ!! もしもッ! 自分が安穏と休息を取っている間にテミス様の身に何かがあったのでは……とッ!!!」

「わ……わかっ……わかった。すまない。謝るからもう少し声を落して……」

「いいえッ!! わかって居られないッ!! どうかご自愛くださいッ!! 此度の一件、迅速に事に当たらねばならないのは理解しておりますが!! テミス様が倒れられては意味がりませぬッ!!」

「ゥッ……ぁ……ぁぁ……ッ……!!」


 迸るマグヌスの怒りに、テミスは何度も頷きながら言葉を返すが、溢れ出るその忠義の叫びが止まる事は無かった。

 その響く敬愛の絶叫に、テミスはぐわんぐわんと直接脳をかき回されるような感覚を味わいながら、必死に頷き続けたのだった。

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