幕間 奇跡と云う名の呪い
はじめに視界に飛び込んできたのは、驚く程に白く、見慣れない天井だった。
次に、ピッ……ピッ……と規則的に響く音が鼓膜を揺らし、フリーディアは漸く自らが意識を取り戻したことを自覚した。
「っ……!!」
生きている……?
未だ混濁する意識の中、フリーディアは体を起こそうと力を籠めるが、身体はギシギシと厭な軋みをあげるだけで、その身を起こす事は叶わなかった。
何が何だかわからない。
私は確かに、あの時テミスに斬られて死んだはず……。
それでも数度、動かない身体を起こすべく試みたが、すぐに諦めて意識を思考へと回す。
「ぁ……っ……」
試しに、独り言でも呟いてみようかと口を開くが、喉から出てきたのは自分でも信じがたい程にしゃがれた異音だけで。
フリーディアは起き上がるどころか、喋る事さえもままならないのだと理解した。
「…………」
相変わらず、痛みは無い。
せめてもの抵抗とばかりに、視線だけを動かして自らの身体を窺うと、薄布で覆われた自分の身体には、隅々まで包帯が巻き付けられている事が見て取れた。
だが、手当てが施されているという事はつまり、自分の命が未だこの世に留まり続けているという何よりの証拠であった。
けれど、あのテミスが討ち漏らすだなんてあり得ないし、私自身、あの瞬間に感じたのは紛れもない死の感覚だった。
「っ……」
ならば何故……。
薄靄がかかったかのように濁った記憶をかき分け、身体一つ満足に動かす事のできないフリーディアは、ただただ思考を巡らせ続けた。
すると、少しづつ、テミスに斬られて斃れ、ぷつりと途切れた意識の向こう側に、覚えの無い何かが揺らめいているのが分かる。
それは、本来存在するはずの無い記憶。
意識を失ってから、今こうして目を覚ますまでの間。ともすれば、夢のようなものなのかもしれない。
しかし、記憶を探る事しか術の無いフリーディアは、ゆっくりとその揺らぎのような記憶を手繰り寄せていった。
「――たよ」
在るのは変わらない暗闇。
けれど、その向こう側からは、確かに男の声が響いてくる。
その声は未だ酷く曖昧で。何を言っているかすら聞き取る事はできなかったが、疲れ果てたかのような平坦なその声色には、確かな聞き覚えがあった。
「――の力はとても使い勝手が良くてね。こうして概念を抽出してやれば、他人に分け与える事もできるんだ」
徐々にはっきりとしていくくたびれた声がそう告げた途端、フリーディアは自らの胸のあたりに温かさが宿るのを感じる。
何をしたのかまではわからない。
けれどきっと、この男が私の身体に何かを施したのだろう。
「別に、情けをかける訳じゃない。俺が死なれたら困るから助けるだけさ。尤も、こうして辛うじて命を取り戻したところで、しばらくは碌に動く事も出来ないだろうが……」
コツリ。コツリ。と。
硬質な足音を響かせながら声の主は少しフリーディアから離れると、零した言葉を深い溜息と共に虚空へと投げ捨てる。
しかしフリーディアには、何処か投げやりにも聞こえるこの声が、深い愁いを帯びているように思えて。
「……兎も角、折角拾った命なんだ。これに懲りたのなら、自分の命を捨てるような無茶は辞めるんだね」
「…………」
届かないと理解しながらも、フリーディアが去っていく記憶の中の男に語り掛けるべく口を開いた時だった。
「フリーディア様ァァッッ!!!」
突如として響いたけたたましい叫び声と激しい足音に、フリーディアの意識が無理やり現実へと引き戻される。
そんな叫びに、フリーディアが驚きと共に目を開くと、そこには涙を流すフィーンや、その後ろに並び立つカルヴァス達の姿があったのだった。




