幕間 黄金色の後継者
深い雪の閉ざされた国ギルファー。
厳しい寒さに包まれる彼の国の片隅で、その店は今日もひっそりと凍えながらも足を運ぶお客を迎え入れていた。
白銀亭。その酒場は、今はこの地を去った英雄の持つ、目を見張るほど美しい髪の色に由来する名を冠された秘密の店だ。
奇妙ながらも言葉にできない程の美味さを誇る料理を出すその店は、存在こそ噂に上がれど、店の場所を知るものはごく僅かに限られていて。
その場所を知る者は、新たに国王となったヤタロウや剣術の名家である猫宮家の面々など、王族や貴人までもが愛しているとまことしやかに囁かれているという。
「カウンター注文頂きました! ダシマキ一つ~ッ!!」
「はーいッ!」
そんな白銀亭の店内は連日にぎわいを見せ、秘されたこの店の場所を知る兵士やお忍びで訪れている傑物が、肩を並べて酒と料理を嗜んでいた。
「紫サン、今日もダシマキですか? 好きッスねぇ」
「勿論。白銀亭のダシマキは絶品ですからね。出来る事なら、毎日でも通いたいくらいです」
「えぇ……えぇ……わかりますとも。かく言うアタシも、暇があれば毎晩こちらに来ていますから」
「フフ……そのようですね。確かに、私が店に来た時にコスケ殿が居なかった日はありません」
カウンターで肩を並べて談笑に興じているのは、貴族たちの街区であるエモン通りに店を構える大店の主人コスケと、ギルファー最強の武家と謳われる猫宮家に名を連ねる武人ユカリだった。
そんな二人の前に、カウンターの奥から一人の給仕が姿を現すと、朗らかな声と共に黄金色に輝く出汁巻卵が乗った皿を差し出した。
「はぁい! ダシマキお待ちどうさまです!」
「おぉっ!!!」
「はぁ~……相変わらず、美味しそうッスねぇ……」
皿がカウンターへと置かれた瞬間、目を輝かせながら箸を手に取るユカリと、感嘆の声を漏らすコスケに笑顔を見せると、給仕はペコリと軽く頭を下げて口を開く。
「ありがとうございます。そう言っていただけると、私達も嬉しいです」
「ん……んむッ!! 美味い。この鼻に抜ける香りが堪らないんだ……」
「そうッスよねぇ……。どれ……アタシも一つ……」
口に放り込んだ出汁巻きの味に身を震わせるユカリの傍らで、コスケはウンウンと深く頷いた後、おもむろに箸を取ってカウンターの上に置かれている皿へと伸ばす。
だがその刹那。
眼にも留まらぬ程の迅さで閃いたユカリの手が伸ばされたコスケの腕を掴むと、箸が黄金色に輝く出汁巻へと至る前にそれを阻む。
「ッ……!! これは私のダシマキです。いくらコスケ殿といえどあげませんからね?」
「あらら……怖い怖い……。そんなに睨まないで下さいよ。ちょっとした冗談じゃあないですか」
「貴方も食べたいのならば頼めばいいでしょうッ! しかし……安心したよ。テミス殿が帰ってしまっては、もう二度と食べられないと思っていたからな……」
「ふふ……。テミス様が居なくなって味が落ちたなどと噂をされては、彼のお方に怒られてしまいますから」
「テミスサンが出立されてからもう十日ッスか……。慣れませんねぇ……まだ……」
「テミス殿はそれ程のものを我々にもたらしてくれたという証でしょう。猫宮家など連日大賑わいですから」
「はは……確かに、凄まじい熱気ッスよねぇ。っと……ダシマキ、アタシにも貰えます? あとは雪兎のタタキを」
「畏まりましたぁ! 注文頂きました! ダシマキと雪兎のタタキお願いしまぁす!!」
そうしてじゃれ合いながらも、コスケは素直に手を引くと、再び言葉を交わしながら注文を通した。
一方でユカリも、先程まで纏っていた鬼気たる気配は一瞬にして霧散し、既に何事も無かったかのように静かに酒を口へと運んでいる。
「っ……フゥ……。かく言う私もその一人ではあるのですが……。彼女の技を何とか会得しようと腐心している次第で――」
再び会話に花が咲き始めた二人に、給仕服に身を包んだ兵はニッコリと微笑みを浮かべると、次なる注文を受けるべく変わらぬ熱気に包まれたホールへと足を向けるのだった。




