幕間 白銀の残り灯
テミス達がギルファーの町を出立してから数日後。
普段は気品と荘厳さに溢れるエモン通りには、その奥に聳える立派な門構えを敷く屋敷の方から、気合の籠った掛け声が響き渡っていた。
しかし、少し前まではギルファー随一の剣家である猫宮家といえど、厳しい稽古もエモン通りの格式と静けさを乱す程ではなかったのだが。
それもその筈。
つい先日ここで行われた、現猫宮家当主との仕合いは数多居る門下の間に一斉に広まり、彼の試合に魅せられ、噂を聞きつけた者達が、我先にと稽古に押し寄せていたのだ。
その賑わいようは凄まじく、稽古に訪れた者達が猫宮が誇る大きな武道場でも収まらず、この寒空の下、庭先まで用いて剣を振っている。
「フフ……皆、取りつかれたように刀を振っている。流石はギルファーの英雄といった所か」
「それはお爺様に従った俺に対する皮肉か? そういうお前も随分と足繁く稽古に通っているようだが……」
「そう斜に捉えるな。私の素直な感想だよ。私もあの戦いを見て、武人として血が沸き立つような思いだった。それに刀夜……足繁く稽古に通っているのはお前もだろう?」
「フン……別に俺は、次にあのいけ好かない女と会った時、存分に叩きのめしてやれるように日々、腕を磨いているだけだ」
「ククッ……全く……。素直じゃないな」
そんな、熱気の籠った掛け声が響く庭の中を、身の丈を超える程の長刀を携えたユカリと、二振りの刀を佩いたトウヤが軽口を叩き合いながら武道場の方へと歩いて行く。
あの日以来、未だその身に受けた傷が癒えきらない身ではあったが、二人は昂る思いを抑えきれず、こうして毎日武道場へと通っているのだ。
だが、二人は肩を並べて歩んで居ても、どうやら刀の目指す方向は正反対のようで。自然と話題は互いの成果へと向かっていく。
「それで……肝心の調子はどうなんだ? 父様に教えを乞うていると聞いたが」
「っ……!! まぁ……なんだ……。ぼつぼつといった所だ。そういうお前はどうなんだよ?」
「私か……? 残念ながらてんで駄目でな。未だにアレが人間の放った技だなどと信じられないくらいだ。昨日、漸く闘気を刀に纏わせる事だけは辛うじて出来るようになったが……それまででな。飛ぶ斬撃など、いったいどうすれば良いのやら皆目見当もつかない」
「…………」
ユカリの問いに、トウヤはピクリと眉を吊り上げてから、拗ねたような口調で問い返した。だが、帰ってきた答えはトウヤにとって更に予想外のもので。肩を竦めながらも、楽しそうに自らの稽古の進捗を語るユカリの隣で、トウヤは眉間に寄せた皺をさらに深く刻み込む羽目になった。
自分も確かな成長を感じているとはいえ、差をつけたと思っていた兄妹が、こうも簡単に背に追い縋ってくるのを目の当たりにしては、猫宮家の長兄として焦る気持ちが沸き上がってくる。
「――思うに、得物に纏わせた闘気と云うものは、幾ら刀を迅く振り抜こうと飛ばせるような代物では無いと思うんだ。だからこそ、あの剣には、必ずまだ何か秘密があると思うんだが……聞いているか?」
「聞いているさ。ならば……どうだ? 久しぶりに手合わせでもしてみるか?」
「おぉ……!! それは良いッ!! 是非やろうッ! 実際に打ち合ってみれば、新たな何かが見出せるかもしれないッ!!」
ガラリ。と。
武道場の戸を開けながらトウヤがそう問いかけると、目を輝かせたユカリが力強く頷いて応じた。
そんなユカリと肩を並べて、トウヤは自らの内で気持ちが昂っていくのを感じながら、熱気に満ちた武道場へと足を踏み入れていったのだった。




