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113話 鴻鵠の志

「フム……待たせたか?」

「うおっ……!? ほ、本当に窓から来るかッ!」


 翌日。

 ばさり。という音と共に、ミュルクの病室に大きな影が落ちると、窓から飛び込むようにしてテミスが姿を現した。


「い……いや……。しかしまさか本当にやってのけるとは……見回りの衛兵達が大騒ぎをしていたぞ」

「ウム……」


 テミスはカルヴァスの言葉に眉をひそめると、ミュルクのベッドを跨いで壁へと背を預けた。

 昨夜の襲撃で、王都はちょっとした騒ぎになっていた。外から見れば、物々しい恰好をした衛兵が慌ただしく動き回っている程度だが、少し事情を知っている人間からすれば、この事件は奇妙そのものだろう。

 ――なにせ、監獄一つを無力化したというのにも拘らず、何の被害も出ていないのだから。


「……これを見ろ」



 テミスは懐から監獄で見つけた書類を引っ張り出すと、カルヴァスの方へと投げて渡した。あれこれと口で説明するよりも、証拠物件を見せてしまった方が話が早いだろう。


「っ……これ……はっ……」

「副隊長……? どうされたのですか?」


 微笑を浮かべて書類を手に取ったカルヴァスの顔が、書類を読み進めるごとにどんどんと土気色にかわり、青を通り越してうっすらと怒気で赤らんだ額に青筋が浮かんだ。


「フリーディア様を……地下監獄へ収監しただと……?」

「なっ……!? 馬鹿なっ!」


 怒りに打ち震えるカルヴァスの言葉を聞くと、ミュルクは彼が握り潰した書類をもぎ取るようにして奪い取った。


「地下監獄とは何処にある? どのような場所だ?」


 そんな二人の様子を眺めながら、テミスは冷静に問いかけた。別に、この地下監獄がどんな場所であれ私には関係ない。ヒョードルの狙いさえ挫く事ができれば、何の問題も無いのだ。


「ぐっく……地下監獄とは、凶悪な囚人を拘束しておく第一監獄の更に奥……死ぬまで囚人を嬲り殺す為に作られた処刑房だッ!」

「なにっ……?」


 絞り出すように発したカルヴァスの言葉に、流石のテミスも目を丸くする。

 その言葉が真実なのだとすれば、ヒョードルは私欲の為にフリーディアを切り捨てた事になる。だが、フリーディアは人間達にとってそんなに簡単に切り捨てられるほど軽い存在では無いはず……。


「ヒョードルの独断か……? いや……それでもまだわからん……」


 目の前で言葉も無く怒りに悶絶する二人を無視して、口元に手を当てたテミスの目が小刻みに左右に踊った。

 ヒョードルの独断だとしても、フリーディアを監獄で虐め殺すのは辻褄が合わない。ああいう連中は、異様に損得勘定に長けている。そんな人種が、人間の最高戦力であるフリーディアを、私欲の為とはいえこのような場所でみすみす捨てる筈が無い。


「ならば……狙いはなんだ……?」


 テミスは重ねて呟くと、全力で思考を巡らせた。罪人を虐め殺すような場所に収監されたのならば、フリーディアなど数日と持たないだろう。恐らくはここが分水嶺。ここで何かに気付くことができなければ、フリーディアの身柄だけでも救い出す事が視野に入ってくる。


「魔王軍への手土産……? 否。仮に裏切る算段があったとしても、殺す意味はない……」


 ここでフリーディアを殺す事は、どちらの陣営にとっても利が薄い究極の利敵行為なのだ。だからこそ、その行動の異様さがテミスの思考を堰き止めていた。


「駄目だ」

「んっ……?」


 ぼそり。と。押し留めていた異物を押し流そうと押し寄せていたテミスの思考が、小さな声によって断ち切られる。


「やはり駄目ですカルヴァス副隊長。俺はコイツと組むべきではないと進言します」

「待てミュルク。彼女は既に危険を冒してまでフリーディア様を救いに潜入している。今更そんな事を言いだすのは――」

「ヒョードルがコイツとグルなんです! ……そう考えればすべての事に説明が付く!」


 ミュルクはカルヴァスの声を遮ると、テミスの顔に指を突きつけて憎悪を孕んだ叫びをあげた。


「なるほどな……つまりお前は、私がわざわざ危険を冒してまでこのような下らん茶番に興じていると言いたいのだな?」

「っ……! だ、だが! それ以外に説明がつかないだろう!」

「止せ! リック! 彼女に協力を仰いだ時点で、我等にそれを議論する余地はない!」


 互いに激しく睨み合う二人の間に、声を荒げたカルヴァスが割って入った。その様を冷えて瞳で見つめながら、テミスは大した男だと嘆息した。

 カルヴァス自身も、ミュルクの言う疑念は持っていただろう。だがこの男は、それを加味して尚私を利用しようと言うのだ。そしてその魂胆は、尻の青いミュルクには到底受け入れ難い物なのだろう。


「……ならば、議論は終いだ。私としても背中を刺される危険を冒したくはないのでな」


 テミスはそう呟くと、音も無く壁から背を離して窓の方へと歩みを進める。必要な情報の足掛かりは手に入れたのだ。時間も逼迫している以上強硬策に出るのならば、白翼の連中は足手まといだ。


「貴様等だけで奴を助けられるというのならば好きにするがいい。私は私で好きにやらせて貰う」

「っ! 待て!」


 テミスはミュルクの視線を無視して窓から身を乗り出すと、その背をカルヴァスの声が呼び止めた。


「第一監獄は第三監獄の更に奥……もっとも古く、寂れた建物だ」

「……フン」


 テミスはカルヴァスの語った情報を鼻で嗤うと、何も言わずに窓の外へと飛び出したのだった。

2020/11/23 誤字修正しました

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