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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第20章

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1227話 本当の家路

「全く……相変わらずアンタは馬鹿な()だよッ!」

「ぇ……? ぁ……」


 頬を張られた後に続いたのは罵倒でも悲しみを綴る言葉でもなく、深い憂いと呆れを孕んだ溜息まじりの声だった。

 音こそ派手に鳴り響いたものの、日々戦場を駆けるテミスにとって、痛みは無いに等しいものだ。

 だがそれよりも、ただの一般人であるマーサの気配に、突如として眼前に現れたかの如く錯覚してしまう程まで近付かれて気付けなかった事の方が、テミスにとっては何よりも衝撃だった。


「叩いたのは悪かったよ。でも、少しは正気に戻ったんじゃないかい? 驚いたろ? アリーシャがこんな風に泣くなんて久しぶりさね」

「ッ……!! 申し訳――」

「――謝らなくていいよ。姉妹喧嘩なんぞ良くある話だ。それに、どうしてもって言うからアリーシャに先に行かせたけどね……。こうなる事はわかってたんだ」

「マーサ……さん……」

「ま……アンタにゃ良い薬だとも思ったけどね。何かっていうと一人でぜぇんぶ抱え込んで突っ走る……アンタの悪い癖だよ」


 まるで、母親に叱られている娘のように。

 テミスはマーサに告げられる言葉へ静かに耳を傾けていた。

 何も言い返す事などできやしない。だって、全て本当の事だったから。

 胸の内まで見透かされてしまったかのような錯覚に捕らわれながら、テミスは胸の内で苦笑いを零す。

 今回の一件で熱くなっていたのは間違いない。いつもなら、たとえアリーシャと意見が分かれても、なんだかんだ互いに譲り合って決着をつけていたものだ。

 けれど、どうしても譲る事のできない一線はある。

 それは確かに、傍から見れば一人で全てを抱え込んで意固地になっているだけなのかもしれない。


「っ……でも……」


 意地になって何が悪い?

 マーサさんもアリーシャも、私の大切な家族だ。たとえ側に居る事ができなかったとしても、二人の幸せを……平穏を護りたいと思うのが間違いであるはずがないだろう。

 テミスは胸の中に滾る思いの欠片を口の端から零しながらも、意志の籠った鋭い視線でマーサを見返した。

 二人がどうしようもない程に優しいだなんて事、既に身に染みて理解している。

 だからこそ、私は私にできる事を。ただの流れ者に過ぎなかった私に、居場所を作ってくれた大切な母と姉へ、余りある大恩を返す時なのだ。


「ハァ……まぁだ、わかっちゃいない顔だね? ダテに長く生きちゃいないさね。アンタの意地も、覚悟も少しくらいアタシにも解る」

「だったら――ッ!!」

「――黙って聞きなッ!! それ自体が筋違いだって言ってるんだよ! アタシもアリーシャも、行き倒れる寸前だったアンタを娘として……妹として迎えた時から、ちょっとばかしの厄介事なんて承知の上さねッ!!」

「……っ!!!」


 声を荒げて怒鳴るようにそう叫んだマーサに、テミスは言葉を失い、呆気に取られて、ただ視線を返す事しかできなかった。

 怪し気な輩に居座られ、命すら狙われたというのに。それをちょっとばかしの厄介事だって……? 何をどう考えても、『ちょっと』の範疇なんて超えている。


「当り前だろう? 魔王様の城なんて目指して流れ歩いていた娘っ子が何も抱えていない方がおかしいさ。それに、毎度アンタは色々と気にしちゃいるみたいだけど、その程度のこと家族からしてみれば何でもないさね」

「だけどッ!!」

「何でもないんだよ。アンタがアタシやアリーシャの為に、泣きながら身を引く事だってできるように。アタシ達もヘンな連中がうろつく程度どうだってないのさ」


 テミスが言葉を返す間も無く、マーサは先んじて畳みかけるようにそう告げると、少し困ったような笑みを浮かべて、テミスの頭を優しく撫でた。

 そんなマーサから向けられる暖かな感情はまさしく、家族へと向けられる無償の愛そのもので。

 故に、遅れて理解する。

 自らが何を犠牲にしたとしても二人を護ろうとした思いもまた、マーサ達から向けられるこの温かな思いと同じものであったのだと。


「っ……!!! ぐぅっ……!! ぁ……!!!」


 遂に溢れ始めた涙に、テミスは血が滴るのも構わず全力で唇を噛み締めると、全身を震わせながら嗚咽を噛み殺した。

 帰りたい。苦しい。出て行きたいだなんてはず、ある訳が無い。

 けれど。

 だからこそ、猶更ここで甘える訳にはいかなくて。

 心を苛む耐え難い苦しみの中でもがきながら、テミスがマーサの手を跳ね除けようとした時だった。


「ホント……強情な子だよ。やっぱり、連れてきて正解だったね。悪いけど、手を貸してくれるかい? 意地っ張りな馬鹿娘がちっとも聞きゃしないんだ」

「ンクク……勿論。テミスちゃんがとんでもない意地っ張りだなんて、この町の皆が知ってる事だぁね。さ……大丈夫だから、アリーシャちゃんも立ちな……」

「なっ……!?」


 マーサが再び盛大なため息をついたかと思うと、背後に向かって誰かを呼ぶかのように声を掛ける。

 すると、詰所を囲う塀の向こう側から、小さく喉を鳴らしながらバニサスが姿を現し、ゆっくりとした歩調でテミス達の元へと歩み寄ってきた。

 そして、肩を竦めてマーサに言葉を返すと同時に、足元にしゃがみ込んで涙を流し続けていたアリーシャを助け起こす。


「紹介するよ。今日からウチで雇った用心棒だ。言っただろ? 一人で抱え込むんじゃないよって」

「へへっ……丁度なんにもやる事も無くなってたからな。こんな俺でも、役に立てるのならあのまま何もしないでいるよりずっと良い」

「ッ……!! 待て!! 自警団はどうするんだ? それにお前一人では……!!」

「大丈夫。意地っ張りなテミスちゃんでも、ちゃんと納得できるようにぜぇんぶ準備したんだ。説明は後、それよりも先に……ほら」

「グスッ……!! ん……!!! 嫌だって言ったら……ゆるさない」

「…………。っ~~~~!!! わかった。ごめん……ありがとう」


 バニサスに促され、アリーシャが一歩前へと進み出ると、泣き腫らした目でテミスを睨み付けながら、拗ねたように再びテミスの部屋の鍵を突き出してくる。

 テミスは沈黙と共に、何かに堪えるかの如く数秒間ぶるぶると身体を震わせた後、涙に濡れた頬を真っ赤に頬を染めて、消え入るような声で答えながら鍵を受け取った。

 そんな二人を覆い隠すように、ファントの蒼空にはひと際大きな雲がのんびりと漂っていたのだった。

 本日の更新で第二十章が完結となります。


 この後、数話の幕間を挟んだ後に第二十一章がスタートします。


 極北の地ギルファーに別れを告げ、新たな絆と共にファントへと戻ったテミス。

 そんなテミスを待ち受けていたのは、新たな敵と変わり果てたファントという残酷な現実でした。

 しかし、テミスは絶望を振り払い、怒りを滾らせてファントを侵さんとする歪みを打ち払いました。

 肉体よりも精神を削り取るような戦いを超え、テミスは何を思うのでしょう。


 続きまして、ブックマークをして頂いております659名の方々、そして評価をしていただきました108名の方、ならびにセイギの味方の狂騒曲を読んでくださった皆様、いつも応援してくださりありがとうございます。


 さて、次章は第二十一章です。


 無事にファントへと帰還し、都市を狂わせる元凶を討ち取ったテミス。

 しかし、彼の者がファントへと与えた影響は未だ消えず、テミスは長旅と戦いの疲れを癒す暇もなく事後処理に追われていきます。

 そんな中、辛うじて見つけ出したのは代え難い家族との絆でした。

 動乱の傷癒えぬ壊れかけたファントで、テミスは如何にして奔走するのか……?


 セイギの味方の狂騒曲第21章。是非ご期待ください!


2023/01/02 棗雪

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