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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第20章

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1223話 取り戻した部屋

 マモルとの戦いより数日。

 テミスは漸く後処理とも言うべき戦いを終え、自らの執務室へと足を踏み入れていた。

 ここまで時間がかかってしまった理由はひとえに、彼の唱える理想に強く洗脳され、もしくは強く共感した者達が、旗頭を失ってなお抵抗を続けたが故。

 抵抗を続けた者達は、元冒険者将校を務めていたヤマト出身の連中や、マモルが密かに冒険者たちの中から拾い上げていた兵卒連中で。

 反旗を翻したとはいえ、残敵として掃討(・・)してしまうには余りにも勿体無い彼等を極力生け捕りにする為、殆どテミス自身が戦場に出向いていた所為でもあった。

 だが、その甲斐もあって死者の数は数えるほどに収まっており、無血とはいかないまでもテミスは僅かな犠牲のみでファントの町を再掌握するに至ったのだ。


「この部屋も……随分と様変わりしたな」


 自らの執務室へと足を踏み入れ、一番最初に重々しく口を開いたのはテミスだった。

 主にマグヌスの努力により、清潔さと整頓された環境が整っていた室内は見る影もなく、部屋の至る所には積み上げられた書類が散乱し、使われた後の食器が無残に放置されている。


「ッ……!! ぁッ……ッ!! グッ……!!」

「チッ……」


 テミスに続いて室内へと足を踏み入れたマグヌスとサキュドも同じ感想を抱いたらしく、不快感をあらわに舌打ちするサキュドの傍らで、特に自身の手であの整然とした執務室を保っていたマグヌスは、いたくショックを受けた様子で苦悶の声を漏らしていた。


「やれやれ……これはもう使えんな。狂わされていたとはいえ、フリーディアの奴とて多少は弁えていたのだが……。臭いも酷い」


 テミスは見るも無残に荒らされた自分の机へと歩み寄ると、机の上に放置されていた愛用のティーカップを覗き込んで溜息を吐く。

 覗き込んだカップの底には、いつ淹れられたものかすら定かではない黒い物体がこびり付いており、何よりそこへ無造作に投げ込まれたくたびれた煙草が、酷い凌辱の跡を残していた。

 フリーディアの奴は煙草は吸わない。その潔癖さに準じて、白翼騎士団の連中も隠れて嗜む者は居たとしても、大っぴらに喫煙する者は居なかったはずだ。つまるところ、この所業を成した奴はマモルか、奴の手勢の仕業なのだろう。

 この、どこか懐かしくもあり疎ましくもある感覚に勝つ手に記憶を刺激されながら、テミスはせめてもの慰みとばかりに窓を開けて穢れた空気を入れ替える。


「掃除と……書類の選別だけでもかなり時間がかかりそうだな。サキュド、マグヌス。そちらはどうだ?」

「……酷い有様です。まるで盗賊に押し入られでもしたかのようで……」

「ハハ……。あながち間違いでもあるまい。ッ……!! クソ。これも駄目か」


 テミスは己の問いに、絶望に打ちひしがれた言葉を返すマグヌスに乾いた笑みを返すと、被害を確認すべく手当たり次第に己の机の引き出しを開けていく。

 そこには、あったはずの予備のインク瓶や、テミスが秘蔵していた菓子の類は無く、代わりに紙屑や書き損じの書類といった、文字通りのゴミが詰め込まれていた。


「マグヌス……流石に堪えるな。こちらも全滅だ。またイチから買い直さなくては」

「テミス様。恐れながら、給仕の道具も新調させて頂きたく……。連中、よもや手入れという言葉を知らぬのでしょうか……」

「許可する。考えるだけ無駄だよマグヌス。どうせ問い詰めたところで、そんな暇など無いと返ってくるだけさ。それ……より……もッ!!!」


 ドサドサドサァッ!! と。

 テミスは部屋の中央に設えられている作戦卓へと近付きながら、皮肉と諦観の混じった声でマグヌスへと言葉を返すと、机上に積み上げられた書類を無造作に薙ぎ払い、床へと散乱させる。

 前世(むかし)から、片付けや整理整頓という言葉には縁の無い男だったが、それは今世でも同じらしく、払い落した机の下からは、テミス達が腐心して作り上げたファント周辺の詳細な地図や、大量の書類の下敷きとなって倒れた大小様々な駒が姿を現す。


「ふぅ……コイツは無事だったか。少しばかり安心した」

「……作戦卓も大きな汚損、破損は無さそうですな。染み付いた匂いを抜き、汚れを落とす必要はありますが」

「何よりの朗報だ。魔王軍時代からここにあるコイツまでも駄目にしては、流石にギルティアや代々ここに詰めた軍団長たちに申し訳が立たん」

「テミス様……」


 留守にする事が多いとはいえ、愛着すら湧いてきた作戦卓を撫でながらテミスが何気なくそう零すと、マグヌスは先程までの絶望を忘れ、何やら感じ入ったかのように深く息を吐いていた。

 それを見て、テミスも遅れて思い至る。私がこの世界へと流れつく前から十三軍団付きの副官であったサキュドとマグヌスは、先代の軍団長であるバルドと共にこの作戦卓を囲んでいたのだろう。ならば思い入れが私以上にあることなど、容易に想像できる。


「フフ……これは一度、徹底的に大掃除でもしてやるか」

「ハッ……!! このマグヌス、身命に替えましても」


 そんなマグヌスの様子に笑みを漏らしたテミスが肩を竦めて告げ、マグヌスが猛る気合と共に答えを返した時だった。


「ああああああッッッ!!! アタシのボンちゃんまでッッ!! あんまりよ!! あんまりだわッ!!! うわあああああああッッ!! テミス様ッ!! テミス様ぁぁぁッッ!! アタシの部屋が滅茶苦茶なんですッ!! ベッドも臭いしッ!!!」


 サキュドの私室と化していた奥の軍団長私室から絶叫が響くと同時にけたたましい音と共にドアが開き、泣きじゃくりながら姿を現したサキュドが勢い良くテミスへと飛びついて喚き散らす。

 その様子から察するに、彼女の部屋も相当な被害を被っていたのだろう。


「サキュド……気持ちは察するが、幾らなんでも己が私室を優先するのは……」

「何よッ!! お気に入りだったのよッ!! 無事だったのはクローゼットの中だけ!! アレじゃあ寝る場所も無いわッ!!」

「…………。ククッ……。良いじゃないかマグヌス。サキュドらしくて」


 テミスは泣きじゃくるサキュドの頭を撫でながら、渋い表情を浮かべるマグヌスにそう告げると、彼女の体格に合わせて女児服のように小さい服の並ぶクローゼットを前に困惑したり、サキュドの趣味に染められた部屋で身体を休めるマモルを思い浮かべて、密かに笑いを零したのだった。

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