1218話 秘めたるもの
その戦場に辿り着いた時。一番最初に目にしたのは、鮮やかな紅の刃だった。
一見、己が放つ月光斬に酷似して見えたが、その本質が全く異なる事はすぐに見て取れた。
超圧縮した魔力を刃に纏わせ、斬撃の形を模して射出する。理を歪め、己が物として自在に操るその技は目を見張る程に洗練されていて。
それは、押し寄せる焦燥に胸を灼きながら駆けるテミスの目を奪い、一瞬とはいえ見惚れさせるには十分過ぎた。
「サキュド、先程の斬撃……見事だったぞ」
「あ……ははぁ……見られ……ちゃいましたか……」
崩れ落ちた己を助け起こしながらそう言葉をかけるテミスに、サキュドはとても嬉しそうに力無い微笑みを浮かべて答える。
確かに、全霊を賭しても勝てない相手であるテミスを驚かせ、試してみたい技もはあった。
だが、それを残念に思う気持ちよりも、こと戦闘においては厳しいテミスに手放しで賞賛され、喜びと達成感がサキュドの心を包み込んだ。
「ですがテミス様……どうかご用心を……!! 手傷こそ与えたものの、何やらまだ余裕を見せておりました」
「わかった。留意しよう。それで、あちらは……」
「ッ――!! どうかッ!!」
「……!?」
「どうか……ヤツとの戦いに集中なさってください。あの程度の相手……ヴァイセならば大丈夫です」
「フム……」
テミスは助け起こしたサキュドの背を宿屋の外壁へと預けさせると、戦況を把握すべくひとまずシズクを向かわせたヴァイセの方へと視線を向けようとした。
だが、鬼気迫るサキュドの声と共に、その血濡れた手がテミスの頬を捕えると、何故か瞳に今にも零れそうな程に涙を湛えたサキュドの方へ視線を引き戻される。
傷が痛むのか……? 否。それとも、あちらの戦場に私に見せたくないものでもあるのか……?
いや……無暗に部下を疑う真似は止そう。マモルは強敵だ。そこにはおそらく、刃を交えたサキュドにのみ解る何かがあって、それが彼女の中でけたたましく警鐘を鳴らしていつのだろう。
珍しく素直な感情をぶつけてくるサキュドに、テミスは小さく息を吐いて思考を巡らせるが、数秒と経たず答えを導き出して思考を打ち切った。
「そうか。他でもないお前がそういうのならば、私は奴との戦いに全力を注ぐとしよう」
「はいッ……是非ともッ……!! テミス様の連れ帰った剣士の娘も居ります! あちらは必ずやヴァイセ達が守り切るかとッ!!」
「あぁ……。すぐに手当てをしてやれずに済まない。お前は休んでいろ」
「うふふっ……テミス様の戦い。特等席で拝見させていただきます」
「フッ……」
もしかしたら、私の考え過ぎか……?
更に念を押すように言葉を重ねるサキュドに、テミスは彼女へ向けた静やかな笑顔の裏で一瞬だけ疑念を翻すが、背後から響いた足音がすぐにテミスの意識を戦闘へと向けさせる。
「よくもやってくれたな……と、言うべきか?」
「いいや……それはこちらの台詞だろう。まさか仲間であるはずのあの王女までその手にかけるとは……流石に予想外だった」
「っ……!! その辺り諸々の貸し付けた代償、支払う覚悟はできているのだろうな?」
「覚悟の上さ。君の見下げ果てた悪虐と、平穏を欲する人々の願い……どちらがこの世界に在るべきものなのか、決めようじゃないか」
その背に戦いを見守るサキュドの視線を受けながら、テミスはだらりと下げた右手に剣を携えたマモルと相対すると、皮肉気な笑みを浮かべて言葉を交わす。
同時に、注意深くマモルの様子を窺うテミスには、すぐにその違和感に気付く事ができた。
身体は既に満身創痍。特に傷の酷い左腕は酷く焼け焦げ、ぶらぶらとその傍らで揺れている。
見れば見る程に、万全の状態で駆け付けたテミスと戦う事など到底不可能に思われた。
だというのに、マモルは妙に自身に満ち溢れた態度で、笑みすら浮かべてテミスの前に立って、決着を付けようなどと宣っているのだ。
「……加減はしないぞ」
「ハァ……本当に度し難い。勘弁してくれ。君の所為で一体、どれだけの人々が犠牲になるのか……考えたくもない」
「ハンッ……馬鹿馬鹿しい……」
最早語る言葉など無い。
そう言わんばかりにテミスは、芝居がかった口調で語り始めたマモルの話を一笑に伏すと、最大の一撃を叩き込むべく大剣に力を込めて高々と振り上げた。
直後。
「其は牢獄にして鎖。黒き仇縄が罪禍を捕らう。浄罪の咢以て我が敵を縛り給え」
「っ……!?」
ボソボソと口早に紡がれる詠唱と共に、マモルが逆手に握った剣をまるで短杖のように掲げると、その柄に埋め込まれた小さな宝珠が光を放ち始める。
そして、テミスがマモルへと大剣を振り下ろすよりも早く、何処からともなく現出した漆黒の鎖が、テミスの身体を、腕を、脚を、大剣を、巻き付くように拘束したのだった。




