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112話 暗闇の底

 同時刻。隔離監獄棟地下特別房。

 じっとりとした湿気と、かび臭い空気が充満するそこはお世辞にも衛生的とは言えず、たとえ罪を犯したのだとしても、怪我人を……ましてや、魔族を相手に戦功をあげる英雄を繋いでおく場所ではなかった。

 ジャリィッ……。と。そんな淀んだ空気を、鉄の擦れる重たい音が振るわせた。


「クク……」


 そんな時間さえもわからない地獄のような場所に、一対の足音がゆっくりと響き渡った。

 その足音の主の男もまた、このような場所には合わない豪奢な服で身を包み、その胸にはいくつもの勲章が誇らしげに音を立てていた。


「少しは……反省したかね?」


 男は微かな金属音が響く牢の前で立ち止まると、嫌らしい笑みを浮かべてその中へと問いかけた。


「……反……省?」

「ああ。ここに入れてからもうじき丸1日だ。そろそろ、お前の犯した罪の重さを自覚したかと思ってな」


 男の声には、ひどく掠れた女の声が呻くように返答を返していた。


「コホッ……馬鹿ね。私は……間違った事はしていないわ……それよりも。裁きの場にすら立たせずにこんな所へ送るなんて……どういうつもりかしら。ヒョードル?」

「フン……」


 女の言葉にヒョードルは鼻を鳴らすと、手に持っていた鍵を牢に差し込んで鍵を開ける。解き放たれた牢の戸は軋みながらその口を開け、ヒョードルは手慣れた歩調でその中へと入って行った。


「まだ……立場が分かっておらんようだな」


 言葉と共に、ヒョードルの腕が壁に磔にされたフリーディアの頬をわし掴む。太い鎖でがんじがらめにされたその姿は、フリーディアの容姿も相まって、さながら人の手に囚われた天使のようだった。


「わかっていないのは……貴方よ」


 そう告げると、フリーディアはヒョードル顔を鋭く睨みつけた。身動き一つ取れない身だが、必ず好機はやってくる。フリーディアの心はその好機を希望に耐え続けていた。


「真実を歪めたあなたに正義は無い……正しき行いこそが、人々の希望となるのよ!」

「クク……クハハハハッ! ブワーッハッハッハッハ!」


 一層激しく鎖を揺らして言い放ったフリーディアの言葉に、ヒョードルが腹を抱えて笑い転げ始める。その笑いは嘲笑でも侮蔑でもなく、彼を知るフリーディアも初めて見る程に純粋な笑い声だった。


「よもや……かの白翼騎士団の団長がまるで幼子のような心を持っているとは!」

「……笑っていられるのも今のうちよ。私達はこんな事をしている暇は無い!」

「それは、お前が戦ったと言う十三軍団の某の事か?」

「それだけじゃないわ! 早くこの戦いを終わらせて、平和な世界を――ッ!」


 ヒョードルに向けて凛と言い放ったフリーディアの言葉が、唐突にピタリと止められる。フリーディアの視線が下へと下がると、そこでは再びヒョードルの手がフリーディアの顔を掴み、その口を強制的に塞いでいた。


「粋がるなよ小娘が……戦力としての貴様の代わりならばもう見つけた……お前のように厄介な肩書を持たぬ根無し草をな」


 ヒョードルはフリーディアに顔を寄せ、囁くように語り掛けるとその顔に愉悦の笑みを滴らせた。そして、空いた片手でくすんだフリーディアの金髪を掬って落とすと、勿体を付けて口を開いた。


「報告によれば、そやつは不遜にもこの町を襲った十三軍団長を易々と退けたそうだ。それに、民衆は皆お前の不祥事で沸いておる……」

「っ!!」


 囁きと共にフリーディアの目が見開かれ、その手に隠れた顔は驚愕の表情に彩られていた。ここ数日の間情報が遮断されていたフリーディアにとって、ヒョードルから聞かされる言葉は貴重な情報源だった。


「フフ……フンッ!」

「ぐっ! っ……」


 自らの手の下で動いた表情に何を見出したのか、唇を捲りあげたヒョードルはフリーディアの頭を乱暴に突き放すと、ゆっくりと牢の外へ歩きながら追撃とばかりに語り続けた。


「その冒険者は奇しくも見事な銀髪らしくてなぁ……白翼の後釜に据えてやるのも一興かもしれんな」

「……っ! ヒョードルッ! 待ちなさいっ!」

「…………今、なんて――」


 今度こそ本当に驚愕に顔を歪めたフリーディアが、鋭い声でヒョードルを呼び止める。しかし、その後に僅かに震えた声で発せられた問いは、ヒョードルが乱暴に牢の戸を閉める音でかき消された。


「またお前の意思を聞きに来てやろう。せいぜい、それまでに身の振り方でもよく考えておくのだな」

「ヒョーッ…………っ……」


 高笑いと共に去っていく背中を、フリーディアは叫びかけた声を呑み込んで見送ったのだった。

 そして……。


「テミス……貴女……なの……?」


 苦痛に耐え忍ぶようなフリーディアのか細い声が、真っ暗な牢獄の中で木霊したのだった。

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