1214話 紅槍と風刃
紅の光が迸り、零れ落ちた燐光がその軌跡を浮かび上がらせる。
縦に、横にと縦横無尽に走り巡らされたその残光は、僅かな時間こそその場に留まり漂い続けるもののすぐに霧散し、無へと溶け込んでいく。
だが、その間にも新たに振るわれた一撃が軌跡を描き、切り結ぶサキュドとマモルの周囲を血霞のように漂っていた。
それは同時に、二人が繰り広げる剣戟の熾烈さを物語っており、時折宙を漂う残光を切り裂いては、武器を打ち合わせるけたたましい音が響き渡っている。
「ッ……!! 本当……馬鹿ね!! お前ではテミス様に勝つ事はできない!! なのに余計な真似ばかりッ……!!」
「勝つ必要なんて無いさ。俺はただ、もっとも多くの人々が幸福を掴む事の出来る道を選ぶのみ」
「ハン……! まだ女神教の連中の方がマシな事を囀るわ。これだから……身の程を弁えていない連中って嫌いなのよッ!!」
「嫌いで結構。元々、他人に好かれようなんて思っちゃいない」
鋭く放たれた突きをマモルが躱し、返す刀で放たれた斬撃をサキュドが紅槍の柄で受け止めて火花を散らす。
直後。大鎌のように引き戻され、しなりを帯びた穂先がマモルの背を狙ったが、ひらりと軽やかに身を翻したマモルを捉える事は叶わなかった。
そんな激しい打ち合いの最中にも、マモルは苛立つように放たれたサキュドの文句に答えるかの如く言葉を返していた。
故に、サキュドとマモルは間合いに踏み込んだ途端に、その身を切り刻まれてしまう程の激しい剣戟を繰り広げながらも、まるで相反する意見をぶつけ合うが如く言葉を重ねていた。
「クゥッ……!!」
「ムッ……!!」
しかし、数えきれない斬撃の果てに二人は、互いの身に浅く一撃を刻んで大きく跳び下がった。
サキュドの槍が捉えたのはマモルの上腕。だが、骨を断つに至るほどしっかりと捉えた訳では無く、血こそ溢れ滴っているものの命を刈り合う戦いにおいてはただの掠り傷でしかない。
対して、マモルの剣が捉えたのはサキュドの首筋。同時に腕へと加えられた一撃のせいで僅かに肩口へと逸れ、浅い傷と留まったものの、あと半歩深く踏み込む事さえできていれば、今頃サキュドの首は宙を舞っていただろう。
どちらも受けたのは掠り傷が如き浅い傷。しかしその一撃の差は圧倒的で。
互いに血を滲ませる部位が、この剣戟の戦況を物語っていた。
「ッ~~~~!! 本当……忌々しい」
「……同感だよ」
首元に負った傷から血を溢れさせながらサキュドが呟くと、マモルは己が剣に付いたサキュドの血を、自らの腕から滴る血と共に振り払う。
互角というにはあまりにも苦しい、戦況は辛うじて拮抗を保っているといった所だろう。
このままでは数合と打ち合ううちに敗北する。そう正しく理解しているからこそ、サキュドは油断なく紅槍を構えながら、その視界の端で戦いを繰り広げるヴァイセへと僅かに意識を向ける。
そこで繰り広げられていた戦いもまた、真っ当に切り結んでいたサキュド達とは別の意味で熾烈極まるものだった。
「このッ……!! 弾け飛べッ!!!」
雄々しい咆哮と共に放たれたヴァイセの一撃が、ウネウネと蠢く触手の大群の中心で炸裂する。
それは、ヴァイセが己の能力を注ぎ込み、超圧縮した大気の塊だった。
異形の兵士はその不可視の弾丸を知覚する事さえできず、全くの無防備に受け止める事になり、小さな爆弾に匹敵する威力を誇る爆発に耐え切れなかった触手が、ボタボタと音を立てて周囲へと飛び散った。
だが、ヴァイセの一撃をまともに受けて尚。
異形の兵士は欠片たりとも怯む事は無く、ゴキリバキリと不気味な音を奏でながら、歪に伸縮する腕でヴァイセへと掴みかかる。
「なんだよもうッ!!」
ヴァイセは右手を敵へと狙いを定めたまま、残った左手を迫る異形の腕へと翳すと、空気の塊を打ち出して自らの身体ごと弾き飛ばす。
その直後。触手を吹き飛ばされた異形の兵の背後から伸びた八本の腕が、つい先ほどまでヴァイセが居た地面を打ち据えた。
「いい加減……気味が悪いね。見た目化け物の癖に妙に連携を取ってくるし……。訳の分からない変形をするせいで攻めにくいったらありゃしない……」
その頬に汗を伝わせたヴァイセは、そう呟きながらチラリと伸ばされた異形の腕に視線を向ける。
あの腕を動かす度に不気味に鳴り響いているのは、おそらく人間であった名残である腕の骨が砕ける音なのだろう。
だが、原形すら留めていない今となっては、だらりと伸びた腕のようなモノはぐじゅりぐずりと赤黒い液体を吐き出して崩れかけており、再び別の何かを形取ろうとしているかの如く蠢いていた。
「そっちに加勢したいのはやまやまなんだけどッ……!! これで漸く……一体だッ!!」
くるり。と。
空中で身を翻したヴァイセは、異形達の攻撃を躱した勢いを殺すと、食いしばった歯の間から言葉を漏らしながら、その場で十字に組んだ腕を振るって風の刃を解き放った。
ヴァイセの腕から射出された風の刃は傷付いた触手の兵を十字に切り裂き、漸くその歪んだ命に終わりをもたらす。
しかし、崩れ落ちた触手の兵の、遺体と呼ぶにはあまりにも禍々しい残骸を踏み溶かして、新たな異形の兵がゆっくりと歩み出ながら、その膨れた目でヴァイセを捉えていたのだった。




