1213話 迫り来る焦燥
サキュドとヴァイセの戦いは、時が経つごとにその様相を変えていった。
はじめは、マモルに苦戦こそしているものの、随伴していた兵達の戦力は二人には遠く及ばず、命を捨てた特攻を仕掛けても、片手間で軽くあしらわれる程度だった。
だが。彼等は斬り倒され、傷付くたびにその身体を異形と化し立ち上がってくる。
戦闘が始まってから幾ばくかの時間が経った現在では、マモルを中心に並び立つ4名の異形の兵を相手に、息を切らしたサキュドとヴァイセが辛うじて店を背に防戦を続けている状態だった。
「ハッ……ハァッ……!! ったく……気持ち悪いったらありゃしない!!」
「……同感だよ。反吐が出る。一体キミは……彼等に何をしたんだい?」
うぞうぞと蠢く触手。肩口から八つに別れた腕。醜く腫れあがり、傷付くたびに酸のような膿を噴き出す肉の鎧。
この世界で魔獣と呼ばれる生物たちよりも遥かに歪で、異形種と呼ばれる魔族の者達よりも遥かに奇怪で悍ましい姿へと成り果てた兵達を前に、サキュドとヴァイセは己が心情を偽ること無く吐き捨てた。
目の前に居るのは、正真正銘の化け物だ。
つい数刻前まで、確かに人の形はしていた。しかし異形となった今となっては、最早どちらが元の姿であったのかすらわからない。
異形が人の姿に化けていたのか? それとも、人が異形へと変化したのか?
どちらにしても、彼等を従え、肩を並べているマモルが、決して許されざる悪党であることに間違いは無かった。
「彼等は、キミが連れてきたというキミの配下だろう? それをこんな姿にしちゃって心は痛まないのかい?」
「今更何を暢気な事をッ!! こんな奴等……サッサと片付けないと……ッ!!」
口角を吊り上げ、マモルへと問いかけるヴァイセの隣で、サキュドは尋常ならざる危機感と焦りに身を焦がしながら紅槍を構え直す。
こんな連中……万が一にでもテミス様の目に触れれば、どうなってしまうか分かったものではない。
ただでさえ、白翼の小娘をその手にかけたせいで心が不安定だというのに、そこでまた怒りに呑まてしまえば、アレが出てくるのは間違いないだろう。
「気持ちは十分わかりますけどね……正直、倒すのは厳しいと思うよ? 店を守らなくていいっていうのなら話は別だけど」
「ッ……!!! 馬鹿を言わないでッ!! そんな事になったら……!!!」
「……?」
眉を顰めたヴァイセの言葉に、サキュドは背筋を駆け抜ける怖気に身を震わせると、紅槍を構える手を震わせながら喚いた。
確かに、強者との戦いは愉しい。けれど、それはあくまでも理解できる範囲の中でのこと。
テミス様のアレはどうみてもこの世の理すら超えた異常の力だ。力を求めるからこそ理解できる。アレには触れてはならない……と。
何の根拠もない、ただの直感。しかし、本能から理解しているかの如くサキュドはそう確信していた。
「兎も角ッ!! 店も守りながら、連中がテミス様の目に触れる前に排除するッ! 下手をすれば私達どころか、この町すら消え失せる羽目になるわよッ!!」
「えぇ……? そんなコト言われたって……。だ、そうですけど? 退いちゃくれませんかね?」
「…………」
その危機迫るサキュドの雰囲気に、ヴァイセは困ったように眉を顰めると、剣を構えたまま異形の兵と共にジリジリと距離を詰めてくるマモルへと問いかけた。
だが、問われたマモルは唇を真一文字に結んだまま何も答えを返す事は無く、ただ何かを警戒するかのようにその場でピタリと足を止める。
「次で仕留めなさい! アイツの攻撃はアタシが防いでみせるッ! だから、バラバラに刻むなり、跡形もなく消し飛ばすなり……何でもいいから数を減らすわよ!」
「ッ……!! 参っちゃうよねホント……やるしか無さそうではあるケドさッ!!」
サキュドが構えた紅槍に魔力を込めてそう告げると、ヴァイセは浮かべていた軽薄な笑みを消して手掌を構えた。
戦況は圧倒的に不利、ヴァイセとしてはこのまま援軍の到着を待ちたい所ではあったが、サキュドが斃れれば一人で持ち堪える事が不可能なのは明白で。
ならば、時間稼ぎの対話すら黙殺される現状、どうあがいた所でやらなければならないだろう。
そう覚悟を決め、紅い輝きを放ち始めた紅槍を構えるサキュドの隣で、ヴァイセが己の両腕に風の刃を纏わせた時だった。
「……出来ない話だ。どちらも」
「何よッ……急に喋り出して……!!」
「俺に心を痛ませている暇など無い。俺はただ、必要な事を必要なだけ行うのみ。だからこそ、これ以上の戦闘は避けたいと……お前達が退くというのなら、後は追わないと約束しよう」
マモルは武器を構えたまま感情の無い視線をサキュドとヴァイセへと向けると、淡々とした口調で言葉を紡ぎ始める。
しかし、告げられた提案は到底飲む事などできないもので。
「……笑わせるなッ!!」
「流石に……そんなコト言える段階過ぎてるっしょ!!」
サキュドとヴァイセは吐き捨てるようにそう叫ぶと、各々の全力を込めた一撃と共にマモルたちへ向かって駆け出した。
「……残念だ」
そんな二人に、マモルは僅かに目を細めて呟きを漏らした後、自らへ向けて一直線に向かってくるサキュドに応ずるべく剣を閃かせたのだった。




